「綾」
車のドアを開けようとした手を止める。
声がしたほうを見ると、パパがまだ家の前に立っていた。
「弥生は、綾とお父さんの心にいつでもいるよ」
日に当たったパパの頬が光った気がした。
……パパ……泣いてる?
弥生って、ママの名前。
パパ、いつも弥生って口にするとき、ひどく愛おしそうに呼ぶよね……。
「うん……」
そう答えるのが、精一杯だった。しゃくり上げて、それ以上何も話せなかったから。
涙に濡れた顔で微笑んだパパは、綾の頭を軽く撫でてから車に乗った。
綾はもう一度だけ家を見上げ、なんとも言えない想いを振り切るように車へと乗り込んだ。
新しい世界へ、行くために……。
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