お昼休みの時間、私はいつものように柚葉と一緒にお弁当を食べていた。
 今日ハリー君は学食で食べている。
 宝生君もいつも通り学食だ。

 私はなかなか切り出せずにいた。
 でも、やっぱり聞かないと……。

「柚葉、あのね……お願いがあるんだけど」

「なあに?」
 柚葉は箸でつまんだ唐揚げを口に入れた。

「あのね、ちょっと……」
 私は顔を寄せて、手で手招きをする。

「ん?」
 柚葉も耳を傾けてきた。

「あ、あのね、メイクの仕方、教えてくれないかな」

「えーーーー!!!!」

 柚葉の絶叫が響き渡った。
 教室中の皆の視線が集中する。

「ちょ、ちょっと柚葉、声が大きい」

「あ、ゴメンゴメン」

 柚葉の声が小さくなった。
 しかしその興奮と好奇心は、逆に大きくなったようだ。

「え、なになに? どういうこと? 男? 男なの? 男でしょ? 誰なの? 男だよね? どこの男なの?」

 今、男って何回言った?
 小声だが、早口でまくし立てるように柚葉は聞いてくる。

「ち、違うから。そういうんじゃなくて……ほら、高2でこれからそういう機会が出てくるかもしれないでしょ? 私メイク道具、なにも持ってないからさ。だから色々と教えてくれないかな」

「あーそういうことね。いいわよ。プチプライスで揃えてあげる。今日の帰りにでも行く?」

「え? う、うん。頼めるかな?」
 ちょうど今日はバイトもない。

「うん、まかせて!」

 放課後、張り切る柚葉に引っ張られて、ドラッグストアへ直行した。

「100均でもいいんだけど、肌にあわなかったりすると困るしね。ちょっと予算は高くなるけど、安めので揃えるから」

 そう言って、買い物かごに目ぼしいアイテムを入れていく。

「華恋は元がいいからね。絶対厚くやっちゃ駄目だよ。目元はそんなにイジらなくていいからね」

 揃えてくれたのが、ビューラー、ファンデ、チークとブラシ、それとメイク落としだ。
 全部で4千円弱。
 結構な出費になったが、それでも安い方らしい。

「リップは色付きリップ持ってたでしょ? あれでいいからね」

「うん、ありがとう」

「じゃあ家にいこうか」

「え?」

「だって、やり方説明したほうがいいでしょ?」

「う、うん。でもいいの?」

「もちろん! いつも勉強教えてもらってるからね。今度は私が教える番」

 そういって柚葉は、自分の家に連れて行ってくれた。
 柚葉の家は、久しぶりだ。

「部屋、全然変わってないね」

「それ、褒めてるの?」

「……微妙かも」

「なによそれ」

 柚葉の部屋は変わっていなかった。
 変わったのは、壁のポスターがバレーボールのスター選手から韓国アイドルに変わったぐらい。

 それから柚葉のナチュラルメイク教室が始まった。
 ファンデ、ビューラー、チーク、最後に色付きリップを塗った。
 眉毛もハサミで切りそろえてくれた。

 鏡に映った自分を見てみる。
 いつもと感じが違う自分が、そこにいた。

「うわー、化けるだろうなとは思ってたけど、ここまでとはね」
 柚葉の声が弾んでいる。

「か、可愛くなったかな?」

「駅前で立ってたら、1時間で10人からは声かけられるよ」
 柚葉が変な例えで言った。

「で、誰なの? 相手は」

 柚葉がニヤニヤしながら聞いてくる。

「だ、だからそういうんじゃないって」

「そう……でも話せるようになったら、教えてね」

「え? う、うん。そういう人ができたらね」

 なんとかこれで、柚葉は納得してくれたようだ。
 
 デートなんかじゃない。
 そんなことはわかってる。
 それでも、少しでも可愛い自分を見せたい。
 そんな心の矛盾に、私は戸惑っていた。