客船の旅も1週間を超えると、まるでいつもの風景のように見慣れたものになって行くから不思議だ。

豪華客船の中にはプールや活動写真館、コンサートホールやカジノに、図書館、レストランなどありとあらゆる娯楽が整っていて、毎日飽きる事無く楽しむ事が出来る。

莉子もやっとエレベーターに乗る事にも慣れ、1人でお気に入りの図書館に足を運ぶ事が出来るようになった。

ここには世界中から集められた沢山の本があり、まるで莉子にとっては宝箱の様な所だった。

窓辺のソファに座り、英語で書かれた各国の風景を納めた写真集を開く。

いつもなら、心配症な旦那様も一緒についてくるのだが、昨夜の夕食時に仲良くなった日本の企業家から、日本人の乗船客に向けて英語を教えて欲しいとお願いされて、今、第一回目の授業をしている最中なのだ。

莉子も是非参加したいと思ったのだが、司が莉子がいると必要以上に緊張するからと、参加させてもらえなかった。

少し取り残されたような寂しい気持ちになったが…。

その代わり、莉子にはいつでも英語を教えると約束してくれたから、その言葉で充分笑顔を取り戻した。


「こんにちは。日本人の方ですか?」
流暢な日本語で話しかけられて、莉子はパッと顔をあげる。

すると、そこには金髪の青い目をした外国紳士がいたから驚く。

「こんにちは。外国の方ですね?日本語お上手ですね。」
微笑みながら丁寧に返事をする。

「ありがとう。僕はイギリス出身のブライアンと申します。日本の大学に勤務して、3年間日本に住んでいました。そして、この船でイギリスに帰るところです。」

外国人特有の訛りもなく、スラスラと話す日本語は目をつぶっていたら、日本人と区別がつかないくらいだった。

「長谷川 莉子と申します。」
莉子も丁寧に頭を下げて自己紹介をする。

「良かったら、少しお話し良いですか?」
断る理由も見つからず、莉子はどうぞと隣の席を勧める。

「ありがとう。」
頭を下げて座るブライアンはとても紳士的で、今まで、あまり外国人との免疫がなかった莉子を安心させた。

「外国に興味があるのですか?」
見ていた写真集を覗き込み、ブライアンが莉子に聞いてくる。

「はい。あいにく英語は話せませんが、世界にはこんなにも素敵な場所が沢山あるんだと思って見ていました。」

「これは、パリのエッフェル塔ですね。」

「パリはフランスですか?」

莉子にはこの図書館で得た知識しかないが、世界の広さに感動し、ワクワクと胸を高鳴らせているから、つい食い入るように話しかけてしまう。

「そうです。よく知っていますね。
日本人は世界史をあまり学ばないから、女性の方で知っている人は少ないでしょう。」
そう言って、ブライアンは驚いている。

莉子は少しバツの悪い気持ちになって、実はここの図書館で経た知識なのだと、素直に告白する。