そんなある晴れた日、東京の実家近くの神社を貸し切り、親族だけを集めた結婚式を執り行う。

莉子は長谷川家に代々伝わる白無垢に袖を通し、支度の準備に取り掛かる。まだ、さほどお腹の膨らみは気にならないが、何があってはならないと支度を手伝う千代も細心の注意を怠らない。

司も羽織袴に着替え控え室の玄関先で、先程からひっきりなしにやって来る親族達に挨拶をしている。

「本日はお日柄も良く…。」
先程から繰り返される定型分的な挨拶も、既に10件目だと指折り数えながら、今更ながら意外と親族の多い事を知る。

「司お兄様、お久しぶりです。」
不意に声をかけられて振り返る司は、はて?誰だろうかと首を傾げる。

そこには、真紅の振袖を着た女子が1人立っていた。

黒の紋付の留袖ばかりの親族達の中で1番目立っている。歳も莉子の方が近いくらい若く見える。

「あら、忘れられたのかしら?
東郷 昌子です。子供の頃に何回か遊んで頂きました。」

司は名前を聞いてやっと思い出した。

確か…麻里子の四つほど年上だったから、今…20歳くらいだ。そう、2年ほど前に結婚したが離縁して実家に戻って居ると聞いていた。

元々わがままなお嬢様育ちだから、我慢が出来ずに三下り半を突きつけられたと噂で聞いた。

「お久しぶりです。元気そうで何より。」 
司は当たり障りない返答をして、難を逃れようと試みる。

「司お兄様は昔とお変わりなく、より男らしく素敵になりましたね。結婚して誰かのものなるなんて…なんだか勿体無いわ。」

今から結婚式を挙げようとする司に向かって、なんたる言い草なんだと呆れてしまう。

既に入籍している事も、莉子が妊娠中と言う事も正式には発表していない。

同じ親族であっても少しの弱みを見せる事は、足を引っ張られるからと言う父の一存だが、横浜での暮らしは噂で既に広がっているようだから、あえて隠す事でもないだろうと司自身は思っている。

だが、古株にはやはり事の順番だったり、他人の目ばかりを気にする人もいるから、莉子に少しでも火の粉がかからないように、あえて話す事はしなかった。

「ご結婚相手は、元公爵令嬢のみなしごなんですってね。きっと陰気臭い人なんでしょうね。お兄様もお可哀想に…とんだ疫病神に引っかかってしまって。」
それには司もカチンときて、

「お言葉ですが、花嫁は私には勿体無いくらいの人です。生い立ちや家柄なんて関係ない。」

普段より1オクターブ低めの声に、周りにいる誰もが瞬時に凍りつく。

「これはこれは…大変ご無礼な事を申し訳ない。」
父親が慌ててやって来て娘の無礼を詫びる。

「いえ、私はこれで失礼します。」

今日は晴れ舞台だ。
莉子の為にも神聖な式を濁してはならない…と、なんとか気持ちを押し殺して、控え室へと戻る。