「うわぁ…凄い景色…。」

豪華客船の最上階、特別貴賓室に入り莉子は言葉を失くす。

眼下には見渡す限りの大海原がキラキラと輝き、眩しくて目が眩むくらいだ。

こんなに高そうな一等席に3週間も良いのだろうか…
自分にはとても勿体無いと、莉子はソファに座る事さえ憚られる。

「莉子、今朝はあまり寝れなかったんだろう。少し横になれば良い。」
莉子の旦那様、司は今日も変わりなくその格好の良さは崩れない。

寝起きの乱れた浴衣姿だって、男の色気を醸し出し、未だに毎日心臓が高鳴るくらいだ。

「大丈夫です。ドキドキしちゃって…寝てなんていられません。」
莉子は満面の笑みで司にそう伝える。

「あんまり張り切り過ぎると、後でバテるといけない。少し休んでから船内でも観て回ろう。」

心配症の旦那様は退院してからというもの、輪をかけて莉子の体調を心配する。

ポンポンと頭を撫ぜられて、ソファに座るように促される。

遠慮がちにソファの隅にちょこんと座る莉子を、司は強引に引き寄せ背後から抱き締める形になる。
莉子の心臓は、何故かいつもより倍ドキドキしてしまう。

「どうした?」
いつもと違う感じを受けて、司は莉子の顔色を背後から覗き込む。

「あの…こんなに凄い部屋…なんだか勿体無くて。私もお兄様達と同じ二等室でも、良かったんですけど…。」

「この部屋は親父の罪滅ぼしでもあるから、莉子は気にしないで寛いでくれたらいいんだ。」

「罪滅ぼし、ですか?」

「そう。横浜に来てから俺の仕事が忙しくて、結婚式もなかなか挙げられない。新婚なのにろくに旅行だって行けないだろ。横浜支店を俺に任せた父からしてみたら、自分のせいだってちょっと思ってるみたいだ。」

司に耳元で話されると、こそばゆくてくすぐったい。

そして抱きしめられている背中が、おひさまに照らされているみたいで暖かい。

まだ、彼の両の手のひらには包帯が巻かれている。背中の切り傷の抜糸だって、出発前に慌てて病院に駆け込んだくらいだ。

だけどそんな事を忘れてしまうくらい、今日の司は終始楽しそうだった。いつも無表情の彼の心の動きは読みづらいけれど…。

それは莉子にだけ分かる嬉しい瞬間だ。

彼の言葉を借りて言えばそれだけ、浮かれている。と言う事だろう。