はあはあ言いながら、もう顔を上げる元気もなくなってきた頃、私はふと視界の隅に白い花を見つけた。

「尊、すずらん!」

思わず声を上げると、えっ!と尊が振り返る。

「どこ?」

「ほら、あそこ!」

道端に一輪、小さいがそれは確かにすずらんの花だった。

「ほんとだ。蘭、おばさんはすずらんの花をたどって川に行き着いたんだよな?」

「うん、そう言ってた」

「よし。他のすずらんの花を探すんだ」

二人してキョロキョロと辺りに目を配りながらゆっくり進む。

「あ、あっちだ!蘭、あそこにあるぞ」

尊の言葉に視線を上げる。

そこにはまた小さく佇むすずらんの花。

その後もいくつかのすずらんをたどって歩いて行く。

すると尊がふと立ち止まった。

「尊?どうかした?」

「しっ。聞こえる?」

え?と思いながら耳を澄ませると、かすかに水のせせらぎが聞こえてきた。

「尊、ひょっとして川が?」

「ああ、あっちだ」

二人で互いの手を握りしめながら駆け出す。

小高い丘を登り切ったところに、小さな川の流れがあった。

「ここが、幻の川?」

やっと見つけた喜びよりも、感慨深さと戸惑いの方が大きく、言葉が出てこない。

しばらく二人で呆然と立ち尽くした後、私はゆっくりとしゃがんで川の水に手で触れてみた。

清らかで神聖な水。

手に触れる感覚は、冷たくて柔らかい。

私は唇をきゅっと結ぶと、意を決して両手で川の水をすくった。

そしておもむろに口元に運ぶ。

「蘭…」

尊の呟く声を聞きながら、私は川の水をコクッとひと口飲んだ。

冷たさが喉を通り、私の身体に沁み渡っていく。

(川の神様。山の神様。私のことが分かりますか?)

心の中で問いかけるが、何も返事はない。

(お願い、聞こえたら返事をして)

両手を組んで目を閉じる。

(お姉ちゃんを奪わないで。どうかお願い…)

すると頭の中に何かがふっとひらめいたような感覚がして、思わず目を開ける。

「蘭?大丈夫か?」

心配そうに尋ねる尊に構わず、私はゆっくりと立ち上がって歩き始めた。

「蘭、どうした?」

尊が慌てて肩を並べる。

「分からない。だけど何かに呼ばれてる気がする」

前を見たまま心の中の感覚を研ぎ澄まして歩き続ける。