(先輩…)
自分の弱さゆえに別れることになったあの人のことを、今になって思い浮かべる。
(会いたい…、会いたいよ、先輩)
会えるはずもないけど、そう願わずにはいられなかった。
涙が滲んできて、それを堪えるために下唇を噛む。
「大丈夫ですか?」
目の前に座る自称婚約者が、私の顔に触れようとした、
ーーその時、襖が勢いよく開けられる音が部屋に響く。
「…風花」
私の名前を呼ぶ声は記憶にあるよりもいくらか低い。
でも、聞き間違えるはずない。
でも…、いまここにあの人がいるはずもない。
瞑っていた目を開けて、襖の方へ顔を向けると、そこにはスーツをビシッと着こなした長身の男性が立っていた。
「せん、ぱい…?」
掠れた声で呼びかけると、彼は私をしっかりと捉えて安心させるように微かに笑った。
これは幻じゃない、確かにそこに存在する。



