甘い世界に浸る中、お兄様がまだ懸命にラッパを吹いていた。澄んで大きく響く音色は、山々に反響して何度も響いてくる。だが、お兄様の吹いた旋律とは違う音も、少しずつ聞こえてきた。もしかして、オストワル辺境伯領騎士団が助けに来てくれたのだろうか。

 響くラッパの音は、次第に大きくなってきた。そして、気付いたら周りがさらに騒然としていた。

「ジョセフ団長!よくぞご無事で!!」

 ひときわ大きな声が響き渡り、ジョーと私の周りを銀色の鎧を着たオストワル辺境伯領騎士団が行き交う。それを見て、ようやくホッとした。オストワル辺境伯領騎士団は、ジョーのピンチを察して、総力を挙げて助けに来てくれたのだ。

 ジョーは私を離し、すくっと背を伸ばす。その手には、どこからともなく血が滴り落ちていた。だが、その怪我にも負けないほどの凛とした声で、オストワル辺境伯領騎士団に呼びかける。

「ありがとう、よく来てくれた。
 こいつらは、我らがオストワル辺境伯領と我が妻となるアン・ポーレットを傷付けるものだ。
 オストワルの名に恥じぬよう、全力でかかれ!」

 銀色の騎士が怒涛のように押し寄せる。国内最強ともいわれるオストワル辺境伯領騎士団を前に、黒い騎士団は逃げるしかなかった。そして、勝負がつくまでは一瞬だった。
 黒い騎士団の大半は捉えられ、残りは散り散りに逃げていった。ジョーによって折られた剣を持つ騎士団長も、例外なく捕らえられていた。
 
 誰よりも多くの黒い騎士を打ち負かしたジョーは、彼らが縄で縛られるのを見て、ゆっくりと私に歩み寄る。
 その顔は優しげで嬉しげで、先程まで死闘を繰り返していただなんてとても思えないほどだ。

「アン!」

 ジョーは笑顔のまま私に手を伸ばして……崩れ落ちるように倒れた。

「えっ!?」

 パニックを起こしながら、慌ててジョーに駆け寄る。
 ジョーが倒れたところには、少しずつ血溜まりが出来はじめていた。ジョーはすでに意識がなく、微笑んだまま目を閉じている。

 せっかく幸せになれると思ったのに。……私のせいだ。私のせいで、ジョーがやられてしまったんだ。