緩みかけた空気が一気に吹き飛んだ。

「どういうこと……? 何なの、あれ!」

「分かんねぇよ……! てか、どうなってんだよ?」

 それぞれに問いかけるように振り返った柚に、夏樹くんが投げやりに返して混乱をあらわにした。

 確かに意味が分からない。
 言葉そのものも、あの血も────。

 滴っているということは、まさにいましがた書かれたばかりということになる。

 底知れない恐怖が這い上がってきた。
 ……そんなの、ありえない。

「早く逃げた方がいい、かも」

 朝陽くんの言う通りだ。

 先ほど蛍光灯が落下した音はかなり大きく響いていた。

 昨晩のように校舎内を化け物が徘徊(はいかい)しているのなら、それを聞きつけてここへ来るかもしれない。

 それ以前に、あの黒板のありさま……嫌な予感を抱かずにはいられないほど不気味で、いますぐこの場から離れたかった。

「…………」

 素早く扉に寄った高月くんは、耳を押し当てるようにして慎重に音を聞いていた。

 ややあってこくりと頷くと、静かに開けて廊下を見渡す。

「……いまだったら大丈夫だ」

「よし……じゃあこのまま職員室見に行こうぜ」

 ささやくように言葉を交わし、わたしたちは廊下へ踏み出した。



 ライトで照らしながら暗い校舎の中を歩いていく。

 神出鬼没(しんしゅつきぼつ)な化け物が、いまいきなり目の前に現れたら────そんな想像を何度もしては身震いした。

 些細な物音を聞き逃さないよう意識しながら、怯んで立ち止まりそうになる足を無理やり動かし続ける。

「……ふふふ……」

 階段の手前で、不意に不気味な声が聞こえ、ぴたりと反射的に止まる。

「え……?」

「誰か笑った?」

 あまりにもこの状況に似つかわしくない、楽しげな笑い声。
 奇妙すぎて、ぞわりと皮膚が粟立つ。

「あの化け物か……?」

 夏樹くんが震える声で誰にともなく尋ねた。

 電流が流れたみたいに心臓が縮み上がる。

 水の滴るような音も引きずるような音もしなかったのに。
 何より気配もない。

 どこかに潜んで、怯えて狼狽(うろた)えるわたしたちを嘲笑っているのだろうか。

「…………」

 緊張を強めたまましばらく身構えていたけれど、あの化け物が襲いかかってくるような様子は一向になかった。

「……なんだ、脅かすなよなー」

 夏樹くんがほっとしたように息をつき、余裕を取り戻す。

 わたしも安堵しかけたそのとき、ひやりと冷たい空気が身体を撫で下ろした。

「こっち」