「……うそ、忘れちゃった?」

 朝陽くんが驚いたように目を見張る。

 飛び抜けて印象的な思い出ではないかもしれないけれど、特別な出来事ではあるように思う。

 それなのに一切覚えていないなんて、自分でも驚くと同時に悲しくなった。

「……ごめん、何でだろう」

「だいぶ前のことだからなぁ。たぶん、花鈴は覚えてるけど俺は覚えてないって思い出もあるはずだよ」

 思わず戸惑いをあらわにしてしまったものの、朝陽くんはこともなげにそう言ってくれた。

「まあ、とにかくそういう思い出話はさ、色々乗り切ってからにしよっか」

 その“色々”はもちろん、あの夢のことを指しているのだろう。

 気のせいだと分かっているけれど、腕の傷が(うず)いた。

「……うん、そうだね」

 分からないことは分からないままでも、奇妙な状況に既に(おちい)っている。

 過去を懐かしんでいる余裕も本当はない。

 眠らなかったらどうなるのか、とか。
 全員が別のタイミングで寝たらどうなるのか、とか。
 日中に眠ったらどうなるのか、とか。

 色々、気になることはたくさんある。

 けれど、柚の言っていた通り、ひとまず下手なことはするべきじゃない。
 大まかにでも掴めるまでは。

 そもそも試すには勇気が足りないし、リミットがある以上、殺されてしまっては取り返しがつかない。



     ◇



 ──キーンコーンカーンコーン……

 重々しく不気味なチャイムが鳴り響き、はっと目を開けた。

 周囲は真っ暗で、目を()らしてもすぐ真ん前のあたりしか捉えられないけれど、誰かの気配が感じられる。

 恐る恐る伏せていた顔を上げた。

 確かにベッドで眠ったはずだけれど、いまは机に突っ伏していた。

 ほとんど無意識のうちにポケットに手を当て、スマホを取り出す。

「あ……」

 流れるような動作をしてから気がつく。
 部屋着だったはずなのに、制服を身につけていた。ちゃんとローファーも履いている。

 ライトをつけつつ、ほかに何か持っていないか探ってみたけれど、持ちものはスマホだけだった。

(ここは……教室?)