◇



 あれから1週間が経った。
 芳乃は死んだ。

 その死は自殺として処理され、ほとんど表沙汰になることはなかった。

 恐らく学校側はいじめの事実を把握していた。
 それにも関わらず、先生たちは“原因は調査中”と口を揃えて言う。
 隠蔽(いんぺい)を図ったにちがいない。

 僕は眠れない日々を送っていた。
 1日たりともまともに気が休まらず、心身ともに衰弱している。

「……まさか自殺するなんてな」

 彼は毎朝、教室で芳乃の机に置かれた花瓶を目にするたびにそう口にした。

「でも、あいつらと来たら……」

 不快感や嫌悪感をあらわに、ばか女たちの方を指し示す。
 そちらを見た僕も何とも言えない苦い気持ちになった。

「ちょっと、暴れんな」

「次はあんたが死にたい?」

 もう次の標的を決め、容赦なく追い詰めている。
 低俗(ていぞく)にもほどがあるクズだった。本当に死ぬべきはああいう奴らだ。

 ……かくいう僕も、死んで償うべきなんだろうけれど。

「あれじゃ本当に第2の白石芳乃になっちゃうって。いい加減、止めねーと……」

「できもしないくせに言うな」

 何もかもにいらついた。とにかく心に余裕がない。
 いまのはただの八つ当たりだ。

「え?」

「……ごめん」

 頭を抱え、項垂(うなだ)れる。

 たぶん、芳乃の死の真相を知っているのはこの世に僕しかいない。

 ぎゅう、とポケットの上から指輪を握り締める。
 あの日から入れっぱなしになっていた。

 彼女は自殺なんかじゃない。
 僕が殺した。

 最初に転落したのは事故だったかもしれない。
 でも、見捨てて逃げた時点で僕はれっきとした人殺しだ。

 とはいえあれでは、通報して救急車が駆けつける頃には手遅れになっていた可能性は高い。

 それでも通報するべきだった。
 芳乃はまだ生きていたんだから、救うことに必死になるべきだった。

 僕は自分のためだけに彼女を見殺しにした。

 そう考え、重たくかぶりを振る。

(……ちがう。仕方なかった)

 毎日毎日、絶え間なく葛藤した。
 後悔しそうになるたび、どうにか正当化した。
 そうしないと、息すらできなかった。

 僕は、悪くない。



     ◇



 ある夜、夢を見た。
 夜の校舎で化け物に追われて殺される悪夢。

 ただの夢だと思っていた。
 だけど、目覚めた僕の腕には5本の切り傷が刻まれていた。

 死ぬたびにひとつずつ消えていく、命の灯火(ともしび)
 5日目の夜、化け物と化した芳乃にまたしても殺された僕が、翌朝目覚めることはなかった。

 僕は、いや、僕たちは心臓麻痺(まひ)で死んだ。
 腕に刻まれた傷は跡形もなく消え、不自然な死を遂げることになった。



 ────それは、もう10年近く前のこと。

 いまでも僕は彼女に囚われたままだ。
 復讐の呪いは続いていく。

 記憶を書き換えられ、自分を失って、そのたび僕は何度も何度も何度も何度も殺されてきた。

 それでも、絶望は終わらない。
 これは“裏切り者”への報いだろうから。

 僕が夢から覚めることは、きっとこの先も永遠にないのだろう。



「蒼ちゃん、おやすみ。……()()ね」



【完】