ちょうどくずおれる瞬間だった。
こちらに背を向け、進路を塞ぐように両手を広げたままの身体が床に崩れ落ちる。
「……っ」
その向こうに化け物が見えた。
目の前の状況に圧倒され、わたしは呼吸を忘れていすくまってしまう。
「!」
突然、眼前に化け物が現れた。瞬間移動してきた。
血まみれの鉈が振り上げられたのを見て、とっさに身を屈める。
──ガシャァン!
刃がまともにぶつかり、ドアの窓部分が粉々に砕け散った。
避けるのが間に合わなければわたしがそうなっていた。
冷えきって力の入らない手でドアノブを掴んで回す。
震えが止まらない。
全身でのしかかるようにしてドアを開け、屋上へ転がり出る。
──キーンコーンカーンコーン……
音律の狂ったチャイムが聞こえる。
轟音とともに校舎が揺れ出す。
凍てつくような冷たい風が吹きつけ、重たい空気に圧迫された。
すくみそうになる足を気力で必死に動かし、ふちの方へ向かって走っていく。
何度かつんのめって、でも転ばないように大きく踏み込んで、その足でどうにか踏みとどまった。
校舎と奈落の境界線、その手前で思わず立ち止まる。
ばっ、と勢いよく後ろを振り返った。
塔屋と屋上のふちのちょうど中間あたりの位置に化け物がいた。
ずるずると折れた足を引きずりながら、少しずつ距離を詰めてくる。
「あなたは……」
肩で息をしながら口を開いた。
ひび割れたような声が掠れる。
「白石芳乃……そうでしょ?」
慎重にその名前を口にした。
自分でもどうしてこんな行動に出たのか、はっきりとは分からない。
ぴた、と彼女の足が止まった。動きそのものが止まる。
ぴちゃん、ぴちゃん、と滴る水の音だけが静寂を埋めている。
(反応、した……?)
わたしの声は届いているのかもしれない。
もしかしたら、話が通じるかも────。
そんなことを考えていると、ふいに視界が翳った。
簾のような濡れそぼった髪が、鼻先に触れそうなほど近くに垂れている。
その奥に覗く血走った瞳を見た。
目が合った。
いつもの真っ黒な眼球じゃない。
けれど、深い恨みと憎しみを凝縮したように、恐ろしい色をした双眸。
「死ね」
彼女が言った。
直後、間合いをとって再び鉈が振りかざされる。
「……っ!」
反射的にあとずさった。
その足が地面を捉えることはなかった。
身体の後ろ側に体重がかかり、そのまま倒れる。
視界が縦に回るように傾いた。
両足ともに地面から離れると、浮遊感に包まれながら奈落へ吸い込まれていく。
見上げると、ぎらつく鉈が虚空を切り裂いたところだった。
そんな光景が、浮かび上がる校舎が、だんだん遠くへ霞んでいく。
深淵の闇を延々と落下しながら、わたしは意識を失った。



