一周回って諦めの境地(きょうち)に達したように、柚が小さくこぼした。

 またしても、ちょうどワープしてきたところに出くわしてしまったのかもしれない。
 運が悪い、どころの話じゃない。

(ど、どうすれば……!)

 心臓が暴れ出し、手足の先から震えに侵食(しんしょく)されていく。

 逃げなきゃ。
 分かっているのに、身体の芯が強張って動けない。

「ほら、化け物! 殺れるもんなら殺ってみなさいよ!」

 声を張り上げて挑発した柚は、言い終わらないうちに化け物の方へ向かって走り出した。

 ぶつかる、と思ったけれど、その身体は化け物をすり抜けて進み、闇に溶けていく。
 結果的に(きょ)をつく形となったのか、一拍遅れて化け物が動き出した。

 ──ズズ……ズ……

 あらぬ方向へ曲がった足を引きずりながら方向転換する。
 ふ、と足が宙に浮き、そのまま滑るような動きで素早く柚を追っていった。

「柚……っ」

 唐突(とうとつ)で一瞬の出来事だった。
 意識のぜんぶをそこに向けたまま、その場に立ち尽くしてしまう。

 そのとき、ぐい、と突然身体が傾いた。

 反動で思わずスマホを取り落とす。ゴトッ、と重たい音がした。

(え……?)

 両肩のあたりに誰かの手が添えられていることに気づき、引っ張られたのだと遅れて理解する。

 戸惑っているうちに、背中に壁が触れた感触が訪れた。
 階段のところまで戻ってきた……?

 光源を失い、視界はほとんどゼロだ。
 わたしを連れて歩いたのが誰なのかさえ分からない。

「あ、朝陽くん……?」

 直感的にそう思い、半ばそう願いながら尋ねた。

「しっ」

 “彼”は素早く制する。
 肩を掴んでいた手が片方離れたものの、気配はいっそう近づいた。

 恐らくわたしの真横の壁に腕をついた。
 わたしをすっぽり覆い隠すようにして立っている。

(な、なに……?)

 その意図が分からず、ただただ戸惑った。
 小さく身を縮め、うろたえることしかできない。

「きゃあああっ!」

 唐突にほとばしるような甲高い悲鳴がどこかから聞こえてきた。
 いまのは柚だろう。

 びくりと肩が跳ねる。
 何があったのか、なんて考えるまでもなかった。

 きっと、化け物に追いつかれて────。

 ──ズズ……

 思考を割るように、またあの引きずるような足音が響いてきた。

 激しく打つ心臓が痛い。
 呼吸が震えてしまう。

 ──ぴちゃ……

 戻ってきたのだろうか。
 先ほどの位置に、また。

(もしかして、わたしを探してる……?)