「……!」
思わず息をのむと、恐怖と緊張から心臓が早鐘を打ち始める。
かなり近い位置にいる。
それを悟り、慌ててライトを消した。
引きずるような音が聞こえなかったことを考えると、ワープしてきたところかもしれない。
偶然か、狙ってかは分からないけれど。
「どこ……?」
空気に溶けるほど小さな声で柚がささやく。
「たぶん、階段らへん……」
同じ調子で朝陽くんが返した。
ここから近いのは西階段だ。
その近辺にいるらしく、余計に音が反響して聞こえる。
──ぴちゃん……
困ったことになった。
教室を閉めてしまったせいで、戻るに戻れない。
だけど、廊下に隠れられる場所なんてない。
階段前は北校舎側と南校舎側の岐路だ。
化け物が後者を選んだら、わたしたちは見つかって終わり。
かといって前者を選んでも、高月くんが追われることになるだろう。
「…………」
じっと息を殺し、身を縮めながら、慎重に動向を窺った。
(お願い……)
心の内で何度も繰り返す。
とにかくこの凍てつくような脅威を脱することだけをひたすら祈っていた。
──ぴちゃ……
──ズズズ……
やがて化け物が動き出す。
その音は、一度響いたきり聞こえなくなった。
(どういうこと?)
どこへ行ったのだろう。
まだそこにいる?
その割には水音も聞こえない。
「……ワープした?」
油断なく硬い声で、柚が言う。
本当に危機を免れたかどうかを確かめるべく耳を澄ませるけれど、化け物の発する音はやはり拾えなかった。
「あぁ……よかった」
思わず深く息をつき、胸に手を当てる。
暴れる心音がてのひら越しに振動として伝わってくる。
そのとき。
──ぴちゃん……ぴちゃん……
水の滴るような音が、再び響いてきた。
「……っ!?」
呼吸が止まった。
直接鷲掴みにされたかのように、心臓が大きく打って痺れる。
(うそ……)
化け物はまだ、すぐ近くに潜んでいたのだろうか。
だとしたら、わたしたちの声もきっと聞かれた。
(見つかる!)
そう思ったとき、近くで何かが動いた気配があった。
暗闇に溶けて見えない。
「あーもう……!」
柚が声を潜めたまま嘆くように言う。気配の正体は彼女だ。
ライトをつけ、迷いのない足取りで階段の方へつかつかと向かっていった。
(柚……!?)
その姿が廊下の曲がり角の向こうへ消えて見えなくなる。
「来るなら来なさいよ、化け物っ!」



