椿は苦笑しながらも話を続ける。
「美音には好きな人がいるんだ」
「あ…」
「俺はそれに気が付いてた。フラれるって分かってたのに、どうしても伝えたくてさ」
愛華と同じだった。椿もまた、美音が好きで、その好きな美音には好きな人がいて。まるきり愛華と同じ状況だった。
「美音のことは、結構長い間片想いしてたからさ、正直すぐにこの気持ちを忘れるのは無理だと思う」
「うん…」
「でも、いつまでもこのままじゃいけないってもの分かってるんだ」
他人に暗いところを見せない椿は、きっと一人で悩んだのだろう。自分の気持ちを、どこに向かわせるのが正解なのか。
「だから、愛華さんの気持ちには、今すぐは答えられないと思う」
「うん、…分かってる。私も、椿くんが美音ちゃんのこと好きなの、知ってたから」
愛華の言葉に、椿は目を丸くして、苦笑いを見せる。
「そっか」
帰ろうか、とどちらともなく立ち上がり、音楽室を後にする。
好きな人には、好きな人がいる。
愛華と椿は、同じ境遇だった。
春が近付いて、ほんの少しだけ、陽が伸びたような気がする。
暖かい日が増えて来て、春の訪れを予感させる。
(私達の恋も、一緒に春を迎えられたらいいのに)
そう暮れていく夕陽を見て愛華は思ったのだった。