ミュリエルの母国との戦いは、恩を仇で返すも同然の所業である。


「聖女なら、ほかにもいる」
「ミュリエルほどの聖女はおりません」
「力の差など! それより財なのだ。目に見える富こそ、信じるに値する」


ステインは一笑に付した。まだ手にもしていない金に目が眩んだのだろう。強欲にまみれた顔をしていた。


「ですがミュリエルがノーマンドに嫁げば、鉱山の利権はどのみち手には入りません」
「だから国ごと潰すのだよ。国がなくなってしまえば、こっちのものだろう?」


マティアスは言葉が出てこなかった。
沈黙が不意に訪れるのは天使が通ったからだと言っていたのは、たしかミュリエルだった。

しかし今の沈黙にはどこにも天使などいない。いるとすれば悪魔だ。


「父上、あなたは狂っている」


大国の長であり自分の父親でありながら、今の姿はマティアスにはとうてい受け入れられないものだった。