京の都陰陽師

 次の日、博雅が大慌てで、晴明の屋敷に向かっていた。
 それを察知したのは、街に放たれている、珱姫の式神だった。
 式神は、すぐに珱姫に伝えに行った。
 「博雅様が、大慌てで、こちらに向かっております。」
「博雅様が?
何の用かしら…。
また、さつきのことかしら?」
「そこまでは分かりません。
申し訳ございません。」
「謝ることじゃないわ。
すぐに、晴明様にもお伝えして。」
「かしこまりました。」
 式神は、晴明にも伝えた。
 「大慌て…?」
「はい。」
「何やろ…。
すぐに、出迎えてくる?」
「かしこまりました。」
 式神は、すぐに、門の所で待った。
 「博雅様、本日は、何の御用でしょうか?」
「お…おお…!!
珱姫は…っ?!」
「珱姫様なら、晴明様といらっしゃいます。
ご案内いたしますね。」
「お…おお…っ!
頼む…っっ!!」
 博雅は、すぐに、晴明達のとこに案内してもらった。
 「晴明様、珱姫様、博雅様です。」
「ありがとう。
じゃあ、お酒とツマミを…。」
「いいっっ!
そんな時間ないのだ!」
「どうしはったん?
そんなに急ぎの話しなん?」
「そう!」
「なんや?」
「右大臣が、もうすぐ来る。」
「それが?」
「珱姫を宴に招待すると…!!」
「なんやって?!」
「わたくしをですか?!」
「そうだ。
この間、しずか殿のとこに行っただろ?」
「はい。
帝の命で…。」
「その時に、見初めたらしい!」
「見初めた。って珱姫は、僕の妻やで?!」
「右大臣には、それが効かない。
正妻も他の旦那がいたが、娶ったのだ。」
「そんな…。
嫌です!
わたくしは、晴明様の妻です。
晴明様以外の殿方なんて考えられません!」
「珱姫…。」
「しかし、右大臣はしつこいぞ?」
「それなら、僕も宴に…。」
「晴明も宴に呼ばれている。
でも、それは珱姫を引き出す為。」
「わたくし、はっきり申し上げます。
晴明様の妻だと。」
「それで通じれば良いが…。」
「帝はなんて?」
「帝は、珱姫は晴明のものだから、手には入らん!と…。」
「そうか。
分かった。僕ら宴に参加するわ。」
「いいのか?
晴明。」
「逃げても仕方ないやろ。」
「そうだな。」
「珱姫は絶対渡せへん!」
「わたくしも、晴明様以外の方は考えられません!」
 こうして、右大臣の宴に参加することになった、珱姫と晴明。
 博雅によれば、宴は今夜とのこと。
 夜になり、宴の時間が近づいてきた。
 右大臣から珱姫には牛車。
 晴明には、籠が準備された。
 2人はそれぞれに乗り、右大臣のもとに…。
 右大臣は、珱姫を見ようと、牛車を待っていた。
 牛車が来ると、恭しく出迎えた。
 「珱姫。
ようこそ参られた。
さぁ、こちらへ。」
「右大臣様、今宵はお招き頂き、ありがとうございます。」
「なんと、美しい…。
お手を…。」
「大丈夫にございます。
晴明様が…。」
「そうです。
僕の妻ですから、右大臣様の手を借りるなんて、恐れ多いこと。」
「晴明様。」
「珱姫、手を。」
「はい。」
 珱姫は、晴明に手を差し出した。
 「宴の会場は、こちらだ。」
 珱姫に手を避けられた右大臣はご立腹。
 「晴明様、参りましょう。」
「そやな。」
 夫婦揃って、右大臣の宴に参加した、晴明達。
 珱姫の姿を見た者は、口々に美しい…。と言い、見惚れていた。
 「珱姫とやら、あたくしの前に参られよ。」
 そう言ったのは、右大臣の正妻。
 珱姫は、正妻の前に行った。
 「これは、右大臣様の御正妻、まつこ様。
今宵は、お招き頂き、ありがとうございます。」
「そなた、晴明の妻と聞く。
誠か?」
「はい。
わたくしは、晴明様の妻にございます。
わたくしの夫は、晴明様以外に務まる方はございません。」
「そうか。
なら、安心した。
もし、右大臣に輿入れを言われても、揺るぐことはないな?」
「はい。
ございません。」
「良い良い。
今宵の宴を楽しんでおくれ。」
「はい。」
 珱姫は晴明の隣に戻り、晴明にお酌した。
 「珱姫もいただきなさい。」
「はい。」
 珱姫は晴明と、食事をし始めた。
 その時、珱姫の背後から、正妻の娘のみつこが声をかけてきた。
 「珱姫様。
わたしは、正妻まつこの娘、みつこです。
父が、貴女の踊りを拝見したいとのこと。
踊ってはいただけませんか?」
「踊りですか?」
「そうです。」
「分かりました。」
「珱姫、踊れたん?」
「はい。
踊れますよ。
ちょっと、踊って来ます。」
 そう言って、珱姫は立ち上がった。
 「珱姫。
さぁ、こちらへ。」
 右大臣は、恭しく珱姫の手を取ろうとした。
 「右大臣様。
大丈夫です。
晴明様、ご覧になってくださいね。」
「う…うん…。」
 珱姫は、太鼓と笛の音に合わせて、踊り始めた。
 その姿は、天女が踊っているかのように、美しかった。
 誰もが見惚れている中、晴明は不安そうに見ていた。
 踊り終えると、拍手喝采を受けた珱姫。
 「晴明様。」
 珱姫は晴明を呼んだ。
 そして、席まで案内してもらい、右大臣の目論見は敗れた。
 「いやぁ、晴明の奥様は、踊りも踊れるとは…。
凄いですな。」
 右大臣に招かれた、招待客が話しかけてきた。
 晴明は照れた。
 「奥様は才色兼備ですな。」
 珱姫は照れた。
 そこに現れたのは、右大臣。
 珱姫に文句を言おうとすると、まつこが止めた。
 「右大臣。
あたくしの機嫌を損ねる気ですか?
あたくしは、珱姫の踊り、とても、素晴らしかったと思います。
何の叱責が必要でしょう?
あたくしは、必要ないと思いますが?」
 右大臣は正妻の元に帰った。
 正妻のお陰で、宴は何事もなく終わった。
 帰る時、正妻が、晴明達に牛車を準備してくれた。
 2人は、それに乗って帰って行った。
 次の日の午後、みつこが晴明の屋敷に来た。
 それも、沢山の荷物と共に…。
 珱姫の式神が、中庭に通した。
 「珱姫。
出て来られよ。」
 珱姫は中庭に出た。
 あまりの荷物に珱姫は驚いた。
 「これは…どうされたのですか…?」
「これらは、父から珱姫宛の贈り物です。
珱姫、受け取っていただけますよね?」
「申し訳ございませんが、お受け取り出来ません。
わたくしの必要なものは、晴明様が購入してくださいます。
なので、必要ないのです。」
「これだけの物を要らぬと?!
父がどんなに悩みながら、購入したのかも分からないのに?
それは、失礼じゃありませんか?」
「お悩みながら、購入してくださったことは、ありがたく思っております。」
「でしたら、お受け取りください。」
「お受け取りはできません。
晴明様の妻でありながら、他の男性からの贈り物を頂くのは、晴明様に申し訳なくなります。
右大臣様のこと。
晴明様が買えぬ様な代物ばかりでしょう…。
それを見た時の晴明様のお気持ちを考えると、頂く事は出来ません。」
 珱姫とみつこの話しを聞いて、晴明が口を挟んだ。
 「珱姫。
折角だから、頂きなさい。
僕は大丈夫やから。」
「晴明様…。
分かりました。
お受け取りいたします。」
「ふん!
初めから受け取れば良いものを…。
では、贈り物を運び入れます。」
 みつこは、家来に言い、贈り物を全て部屋に入れた。
 「こんなにあるんですか?」
「まだよ。」
 贈り物は、部屋いっぱいにあった。
 「こんなに…。
右大臣様にお礼を申し伝えください。」
「分かりました。
では、失礼します。」
 みつこは、帰って行った。
 晴明と珱姫は、あまりの多さに唖然としていた。
 「これ、全部、わたくしの物なのでしょうか…?」
「多分…。」
「やはり、お断りした方が…。」
「いや、受け取らへんかったら、それこそ拒否されたとして、何されるか分からへん。
右大臣は、自分のものににしたい女性には、まず、贈り物を送りつけると聞いたことあったけど、ここまでとは思わへんかった。
とりあえず、1個ずつ開けていこうか…。」
「そうですね…。」
 珱姫達は、式神にも手伝わせ、1個ずつ開けていった。
 贈り物は、着物、反物から始まり、髪飾りや宝石、草履にまで、多岐にわたり送られてきた。
 「これは…凄いですね…。
こんなに送られてくるなんて…。」
「僕もびっくりや…。
今度、お礼に行かな…。」
「そうですね…。
2人で行きましょう。」
「そうやな。」
 次の日、早速お礼を言いに、右大臣のとこを、訪れた2人。
 女中が右大臣に珱姫が、向かっていることを伝えると、右大臣は大喜び。
 「着いたら、早急に私の前に通しなさい。」
「はい。」
 そこに、珱姫達が到着した。
 珱姫達は、すぐに右大臣の前に通された。
 「珱姫だけが来たのではなかったのか…。」
「珱姫は僕の妻ですから、一緒にお礼に伺いました。
いけなかったですか?」
「いや…。」
「右大臣様、昨日は沢山の贈り物を、ありがとうございました。」
「良い良い。
気に入ってくれたか?」
「はい。」
「それは良かった。」
「本日は、お礼を言いに来させて頂きましたので、これで失礼致します。」
 早急に帰ろうとする珱姫を、右大臣は止めた。
 「まぁ良いではないか。
まだ、ここに居なさい。」
「申し出はありがたいのですが、これから、晴明様と行かなければいけないとこがありますので…。」
「そんなの後で、良いではないか。」
「いいえ。
今日中との事ですので…。
失礼いたします。」
「仕方ない…。
珱姫達の牛車を呼びなさい。」
 女中は、すぐに呼んだ。
 「右大臣様、ご到着いたしました。」
「うむ。」
 珱姫達は、右大臣に一礼して牛車に乗って帰った。
 屋敷に着いた時、晴明が珱姫に声をかけた。
 「行かないといけないとこ。って、どこのことや?」
「勿論、そんなとこありません。
ああでも言わないと、帰してくれなさそうでしたので…。」
「嘘やったん?」
「はい。
でも、このまま、吉備のお屋敷に行っても、良かったのですが…。」
「吉備の屋敷?」
「はい。
天体観測にぴったりの場所ですし。」
「そうやな…。
最近、行ってなかったし…。
行こうか。」
「では、準備しますね。」
 珱姫は式神を10体だし、準備をさせた。
 そこに、博雅が来た。
 「晴明。
今日は、賑やかだな。
何があった?」
「これから、しばらく吉備の屋敷に行くことにしたんや。」
「こんな急に?!
帝の許可は?」
「今、わたくしの式神が聞きに行ってます。」
「どうして、吉備になんか…。」
「あそこは、天体観測にいいんや。
綺麗に見えるし、邪魔するものもない。」
「しかし…。」
 そこに、珱姫の式神が帰って来た。
 「どうだった?」
「はい。
帝の許可はお取りしました。」
「そう。
良かったわ。」
「右大臣様に目をつけられた事を、お話ししましたところ、早急に行くが良い。と申されていました。」
「そう。
ありがとう。
晴明様にも伝えて。」
「かしこまりました。」
 式神は、晴明にも帝の言葉を伝えた。
 博雅は、何とかここに残ってもらおうとしたが、2人の意志は強く無駄だった。
 準備が終わった頃、右大臣が晴明の屋敷に来た。
 「帝から聞いた。
そちら、吉備にしばらく居る。と…。
これは、どういうことだ?
許されるはずないだろ。」
「大丈夫です。
帝からは許可が降りてますので。
僕ら陰陽師は、天体観測も必要なのです。
今回は、しばらく天体観測に行って来ます。」
「しばらくとは?
どのくらいだ?」
「そうですね…。
2ヶ月は吉備に行こうと思うてます。
夫婦の時間も、ゆったりと取りたいですから。」
「2ヶ月だと?!
帝が許しても、私が許さん!
都を守る陰陽師が、そんなに長く都を離れるなど、あってはならんことだ!」
「帝の許可はもらっているので、僕らの気持ちは変わりません。
そこ、危ないですよ?」
「わぁっ!
こ…こんなにっ!
荷物が多すぎるのではないのか?
運びきれんだろう。
諦めぬか?」
「大丈夫です。
わたくしの式神が、手伝ってくれますので。」
「し…しかし…。」
「晴明様、お荷物作れました?」
「僕は大丈夫やで。
珱姫は?」
「大丈夫です。」
「晴明!!
私は、行かさぬぞ?
右大臣として命令する!」
「右大臣より位の高い帝が許してるんで。」
「晴明!!
ここ屋敷はどうする?
2ヶ月も空いていたら、汚れるぞ?」
「大丈夫です。
わたくしの式神を。ここにも置いていくので、式神が掃除してくれます。」
「珱姫。
そんなに、式神を出して平気なのか?」
「はい。
大丈夫です。
晴明様、そろそろ…。」
「そうやな。
博雅、僕らが居らんでも、ここに来て酒飲んでええから。」
「晴明…。」
「じゃあ、行ってきます。」
 2人が行こうとするのを、右大臣は最後の足掻きを見せた。
 「良いか?
このまま行けば、お前達の位を下げるぞ?
良いのか?」
 そこに、帝が来た。
 「見送りに間に合った!
晴明、珱姫、ゆっくりしてくるが良い。
ん?
右大臣、ここで何をしている?」
「あ…いえ…。
私も晴明達を見送りに…。」
「そうか。
晴明、珱姫、気をつけて行くのだぞ?」
「はい。
ありがとうございます。
珱姫、行こうか。」
「はい。
皆様、行って参ります。」
 こうして、晴明達は吉備に旅立った。