「晴明様?
晴明様?
どちらにいらっしゃいますか?
晴明様?」
晴明邸を走り回る少女。
彼女は、この家の主人である、安倍晴明の妻、珱姫(ようひめ)。
「どうしたんや?
僕はここに居るで?」
「ここってどちらですか?」
「日当たりのいいとこや。」
「分かりました。
そちらに向かいます。」
晴明邸で1番日の当たるのは、中庭が眺められる部屋。
珱姫は、部屋に向かった。
「晴明様?
あ、いらっしゃった。」
珱姫は、晴明に近付いた。
「わたくしの式神が知らせてくれたのですが…。
博雅様が来られます。」
「博雅が?
なんやろ…。
帝の命やろか…。
珱姫、酒とツマミを。」
「はい。
すぐに。」
珱姫は、一礼して、台所に行った。
ツマミと酒の準備ができた頃、博雅が来た。
「これはいい匂いだ。」
「博雅様。
いらっしゃいませ。
晴明様は、中庭の方のお部屋に、いらっしゃいます。
すぐに、おツマミを準備しますので、お待ちください。」
「そうか。
それは楽しみだ。
あっ、これもツマミにしてくれ。
ここに来る途中魚屋で買ったんだ。」
博雅は、魚の入った包みを渡した。
「まぁ…。
なんて大きなイワシでしょう。
ありがとうございます。」
「いやいや、美味しそうだったのでな。
では、私は、晴明のとこに行く。」
「では、わたくしの式神が、ご案内致します。」
珱姫は、人札に息を吹きかけた。
すると、桜の花を見に纏った、式神が現れた。
「桜、ご案内して。」
桜は、一礼して、博雅を晴明の居る部屋に案内した。
「晴明。」
「博雅、どうしたんや?」
「今回は、帝の命で来た。
まずは、珱姫が来るのを待とう。」
「それは、僕ら夫婦に命が降りたって事?」
「そうだ。」
そこに、珱姫が来た。
「お待たせしました。
お酒とおツマミです。
こちらのイワシは、博雅様から頂きました。」
「大きなイワシやな。
美味しそうや。」
「だろ?」
珱姫は、お酌しようとしていた。
「立派なイワシや。
珱姫も頂きなさい。」
珱姫のお酌の手が止まった。
「酒は、自分らで注ぐから頂きなさい。」
「はい。
ありがとうございます。」
盃にお酒を入れ、乾杯をし、口にしようとした時、全員の盃が割れた。
「これは…。
かなり、強い呪詛やな…。」
ボソッと晴明が言った。
「そうですね。」
晴明も珱姫も顔が険しくなった。
「そんなにか?」
「はい。」
重い口で珱姫は答えた。
「博雅。
今回は、僕ら2人に命が降りたんやろ?」
「ああ。
そうだ。」
「珱姫。
準備に取り掛かろうや。」
「はい。
では、お酒と粗塩を浴びてきます。」
「そやな。
僕も、浴びんと…。」
「晴明様。
お先にどうぞ。」
「分かった。
博雅、少し待っててくれ。」
「分かった。」
晴明と珱姫は、お酒と粗塩を浴び、体を清め、準備を始めた。
「準備完了や。
帝のとこに行こか。」
3人は、帝のとこに行った。
帝の家来が、帝に報告に行った。
「帝!
晴明様と珱姫と博雅様が来ました。」
「すぐに通せ!」
「はっ!!」
3人は、すぐに、帝の前に通された。
晴明が帝に話しかけた。
「帝。
僕ら夫婦に相談というのは、どう言う事ですか?
何かあったんですか?」
「今回は、珱姫と2人で解決していただきたい。」
「それだけ、酷いと言う事ですか?」
「そうだ。
まず、わたしの皇子(みこ)を助けて欲しいのだ。
和子(かずこ)。
ここへ、皇子を連れてまいれ。」
和子姫が、皇子を連れて来た。
「この子が、わたしの皇子だ。」
「失礼します。」
晴明と珱姫は、皇子を見た。
皇子は、顔から胸にかけて、赤黒くなっていて、息も絶え絶えになっていた。
晴明と珱姫の顔が、険しくなっていった。
晴明は、落ち着いた声で言った。
「これは…。
かなり強い呪詛にかけられております。」
「わたしの皇子に呪詛をかけた者がいると?!」
「はい。」
「その者を探せるか?」
「珱姫なら探せるでしょう。
珱姫の式神は、探知能力に長けてますから。」
「本当か?」
帝は、珱姫を見た。
「わたくしに、お任せ下さい。」
「おお。
頼んだぞ。」
「はい。」
晴明は、2人の間に割って入った。
「ですが、その前に、この呪詛を何とかしないといけません。」
「では、呪詛を解いてもらおう。」
「分かりました。
珱姫。」
「はい。」
「4人を任せてええ?」
「はい。」
「ほな、僕この部屋に結界作るわ。
布団には、皇子様の人形を入れておく。」
「はい。
わたくしは、隣の部屋に結界を張り、罠を仕掛けます。
呪詛をかけた者を、逃さないために。」
「分かった。
頼んだで?」
「はい。
帝、和子様、博雅様。
皇子様をお連れして、隣の部屋に参りましょう。」
珱姫は、隣の部屋に、帝達を連れて行き、結界を張り始めた。
「これで、本当に大丈夫なのでしょうか…。」
和子が、帝に言った。
「晴明と珱姫に任せたら大丈夫だ。
2人は、最強の陰陽師だから。」
「分かりました。
わたしも信じましょう。」
帝と和子がそんな話をしている間に、珱姫は結界を作り始めた。
「このお札まみれでいいのですか?」
「はい。
大丈夫にございます。」
「本当に大丈夫なのですか?」
珱姫は、手を止めた。
「和子様。
ご不安なのは分かりますが、お任せ下さい。
晴明様が、失敗するなど、ありえませんから。
わたくしは、これから、廊下に罠を仕掛けます。
こちらで、少々お待ちください。」
珱姫は、式神を何体か作った。
「この式神たちは、とても強い式神です。
皇子様のお守りに就かせていただきます。」
珱姫が出したのは、桜を身に纏った式神と、炎を身に纏った式神と、日本酒の大きな盃を持ち、お酒を身に纏った式神だった。
そこに、晴明の式神が、障子の向こうから声をかけてきた。
「珱姫様、準備は出来ましたか?」
「ええ。
出来たわ。
後は、皇子様に術をかけるのみよ。」
「かしこまりました。」
晴明の式神は、それだけ言うと下がった。
「皇子に術をかけると申したな?
珱姫!
何故にその様な事をする?」
「皇子様がもしお泣きになれば、この術は解けてしまいます。
術が解けてしまうと、怨霊の主に皇子様の事が知られてしまいます。
そうなれば、怨霊に皇子様を殺されてしまうかもしれません。
それを避けるために…でございます。」
「なるほど。
では、皇子に術を掛けてくれ。」
「かしこまりました。」
珱姫は、皇子に術をかけた。
すると、泣いていた皇子が黙り、スヤスヤと眠り始めた。
「もう少しで、丑の刻になります。
みな様、お声を出さぬように、お願いします。」
帝と和子と博雅は、頷いた。
丑の刻。
廊下を絹の擦れた音がし始めた。
その音は、確実にこちらに向かっていた。
そして、珱姫達が隠れている場所の前を通りがかった。
緊張が走る…。
チリリーン…。
珱姫のかけた罠に引っかかった音がした。
「(これで、誰が呪詛を使っているかが分かる。)」
絹の擦れる音が、隣の部屋の前で止まった。
障子が静かに開けられる音が、珱姫達がいる部屋まで聞こえる…。
チリーン…。
晴明が掛けた術の音がした。
チリーン…。
「帝…どこにおられる?
妾のとこに来ぬのは何故じゃ?
妾に飽きたのかえ?
寂しい…。
寂しい…。
憎い…。
皇子が憎い…。
皇子のせいで来ぬのじゃ。
皇子が居なくなれば、妾のとこに帰って来てくれる…。
皇子が憎い…。
皇子…。
皇子…。
何処じゃ?」
怨霊は、皇子を探し始めた。
「居った…。
皇子…。
死ぬがいい…っっ!!」
怨霊が見つけたのは、晴明が術を施した人形…。
晴明と珱姫は、術を唱え続けた。
怨霊は、人形の皇子を刺したり、首を絞めたりしていた。
怨霊は、一頻(ひとしき)り人形を甚振(いたぶ)り、満足したかのように部屋を出た。
珱姫達が居る部屋の前をまた通り始めた。
絹の擦れる音が遠ざかり、去って行った。
そこに、晴明様の式神が来た。
「珱姫様。
晴明様がお呼びです。
参りましょう。」
「分かったわ。
帝、和子様、博雅様、今一度、この部屋から出ませんように、お願いいたします。」
帝と和子と博雅は、頷いた。
珱姫は、晴明のとこに行った。
「珱姫。
どうや?
呪詛かけた者の居場所分かりそうか?」
「はい。
式神を使い、怨霊の正体を暴いて見せましょう。」
珱姫は、式神を出した。
今度の式神は、黒の百合を身に纏った式神だった。
「黒い百合とは珍しい物を出したなぁ…。」
「黒百合は、死を意味します。
彼女には、最適な言葉でしょう。」
「そうやな…。」
珱姫は、隣の部屋に戻り、帝と和子と博雅を連れて、晴明の待つ部屋に入った。
「帝、これが、怨霊の力です。
呪詛をかけた者は、今、珱姫の式神が張り付いておりますので、すぐに見つかるでしょう。
今日から3日間、僕と珱姫は、毎日、帝の元に参ります。
そして、皇子様をお守りさせて下さい。」
「分かった。
任せよう。
寝食もこちらで済ませられるよう、手配しておく。
気兼ねする事なく、居てくれて構わん。」
「ありがたきお言葉。」
「和子、女中に2人に寝食の準備をさせなさい。」
「分かりました。
お2人方、こちらへ。」
晴明と珱姫は、和子について行った。
「こちらのお部屋をお使い下さい。」
和子に言われ、2人は、部屋に入った。
「夫婦ですから、同じ部屋でよろしいですよね?」
そう言われ、1つの部屋を貸していただいた。
女中達は、食事と布団の準備をしてくれた。
「この時間に食べる食事を、格別に感じるのは、わたくしだけでしょうか?」
「いや、僕も思うてるよ。」
珱姫と晴明は、食事を終え、女中が敷いた布団で眠った。
次の日。
珱姫が起きると、式神が帰ってきた。
式神は、珱姫に呪詛を掛けた本人を、見つけ出していた。
珱姫は、式神を消し、晴明を起こした。
「晴明様。
呪詛を掛けた者の居場所が分かりました。」
「本当か?」
「はい。」
「珱姫!
ようやった!!
早速、帝に報告や。」
「はい!」
晴明と珱姫は、帝の元に行った。
「帝。
珱姫が、呪詛を掛けた者を探し出しました。」
「本当か!
して、その者の名は?!」
珱姫が晴明に耳打ちした。
「その者の名は、綾子姫になります。」
「なんと!!
綾子が?!」
「はい。
珱姫の調べによりますと、綾子様になります。」
「そうか…。
今、綾子を呼び、詰めたらどうなる?」
「皇子様に対し、綾子様の念が強く出てしまうでしょう。」
「そうか…。
晴明、わたしは、どうしたら良い?」
「綾子様自身が、お気が付きになる事が、重要にがざいます。」
「綾子自身がか?」
「はい。
そうすれば、自然と呪詛は消えます。」
「どうすれば、良いのだ?」
「綾子様に関しては、こちらで動かせていただきます。
ご自身のことに、お気が付きになることはないか?と…。
あれだけ、強い呪詛を掛けられると言うことは、ご自身にも何かしらの症状があるかと思うてます。」
「うーむ…。
しかし、このままにしておれば、皇子の命が…。」
「皇子様のお命は、僕と妻で守らせてもらいます。
ご安心ください。」
「今夜も昨晩のようにするのか?」
「はい。
綾子様がお気が付きになるまで…。」
「3日で終わるのか?」
「終えて見せましょう。」
「任せたぞ、晴明。」
「はい。」
晴明と珱姫は下がった。
晴明は、その足で綾子のとこに行った。
「綾子様、安倍 晴明です。
妻の珱姫も居てます。」
「珱姫となっ?」
「はい。
綾子様、ご機嫌いかがでしょうか?
もしよろしければ、お話し致しませんか?」
「珱姫…聞いてくれるか?」
「勿論にございます。」
「晴明は、下がっておれ。
珱姫、近う…。」
「かしこまりました。
僕は出てます。」
「珱姫、早う。」
「はい。」
珱姫は、綾子の近くに行った。
「綾子様、最近どうかされましたか?」
「それが…力が抜けるのじゃ。
筆も持てんほどに…。
これは、何かあるのではなかろうか?」
「綾子様、いつから力が入らないのでしょうか?」
「ここ2〜3日ほどじゃ。」
「(ってことは、2〜3日の内に生霊を飛ばしていたのね…。)
わたくしにお任せ下さいませ。」
「頼んだ。」
珱姫は、触るのが危険と分かっていても、触らざるを得なかった。
触った瞬間、冷たいものが背中を通り、ゾクゾクっとした。
「綾子様、最近、何かに思い詰めてることはありませんか?」
「実は…帝に皇子が生まれてから、皇子が憎いと思うてしまうようになったのじゃ…。
いけないことと分かってはいるのじゃが…。
なにぶん、帝も来ぬようになってしまい、妾の思いも届かぬようになってのう…。
それが、寂しゅうて…。
珱姫、帝の心を取り戻す方法は無いのものか?」
「残念ながら、取り戻す方法はございません。」
「そなたなら、知っておると思うたが…。」
「人の心は、移り気なものにございます。
それを縛るようなものは、この世にございません。」
「そうか…。
そなた、いつまで宮廷に居るのじゃ?」
「明後日までは、ここに居ります。」
「ならば、明日もここに来て欲しい。」
「分かりました。」
珱姫は下がった。
珱姫は、綾子の話しを、晴明に話した。
「自分でもそこまで思うてるんやったら、簡単に行きそうやけどなぁ…。
何かが邪魔してんねん…。」
「綾子様に触れた時、背筋がゾクゾクッとしました。
綾子様の話し方からして、誰かに操られているような気配を感じました。」
「そうか…。
今日も、同じ結界で行くしかないなぁ…。」
「はい…。
わたくしは、操ってる者も見つけようと思います。」
「分かった。
無理はあかんで?」
「はい。」
珱姫は、今日も罠を仕掛けた。
今回のは、昨日と違い、操ってる者を特定するものだった。
丑の刻。
昨日と同じように、隣の部屋で息を潜める帝と和子と珱姫。
その前を綾子が通った時に、チリリーンと鳴った。
「(今回も成功。)」
珱姫がそう思った時に、帝が部屋を出た。
「綾子!」
綾子を呼び止める帝に、晴明と珱姫は焦った。
「帝!!
何故、妾の元に来てくれぬのです?
もう、飽いてしまったのです?」
「綾子!
すまん!
わたしのせいだ!
そなたをそのような姿にしてしまった…。
わたしのせいだ!!」
「帝…。
妾の事どう思いなのじゃ?」
「綾子の事は好いておる。
しかし、今は、和子の方を、もっと好いておる…。」
「帝…。
妾は、どうしたらいいのじゃ?
故郷へ帰らされるのかえ?」
「いいや。
帰すつもりなど毛頭ない。
わたしのそばにいてくれ。」
「帝…。
分かりました…。
妾は、居ていいのかえ?」
「そうだ。」
綾子は、元来た道を戻って行った。
胸を撫で下ろす、晴明と珱姫。
「帝、いきなり行動するのは、お止め下さい。
僕らでも、対処出来んこともあります。」
「すまなかった。」
珱姫は、皇子を見た。
皇子は、ドス黒さがなくなり、普通の赤子のように見えた。
「晴明様。
皇子様を見ていただけますか?
わたくしには、普通の赤子に、戻ったように見えます。」
晴明も皇子を見た。
「ほんまや。
帝、皇子様は、もう大丈夫です。」
「本当か!
晴明!!」
「はい。」
「良かった!」
「晴明様、綾子様を操っていた者が分かりました。」
「誰や?」
「綾子様のお父様です。」
「ほんまか?!」
「はい。
この事、帝に言いますか?」
「今は、言わん方がええやろ。」
「そうですね。」
晴明と珱姫に、和子が話しかけた。
「皇子のこと、解決いただき、ありがとうございました。
本日から、ご自宅に戻られますか?」
「はい。
そうさせて頂きます。」
晴明は、そう答えた。
帝は、止めに入った。
「予定通り、3日間は、泊まっていってくれ。
褒美もまだだしの。」
「帝、褒美だなんて…。
今回は、帝ご自身が解決なさったこと。
褒美など渡さなくとも…。」
「和子、いきなりどうした?
晴明達には、褒美を渡す。
晴明達に救われたのは事実だからな。」
和子は納得いかなかった。
この出来事で、帝は和子のことを、避けるようになり、綾子の元に通うようになった。
和子は、それが気に入らなかったが、帝を取り戻すことが出来ず、綾子のことを、羨むようになったが、それは、また、別の機会に。
晴明様?
どちらにいらっしゃいますか?
晴明様?」
晴明邸を走り回る少女。
彼女は、この家の主人である、安倍晴明の妻、珱姫(ようひめ)。
「どうしたんや?
僕はここに居るで?」
「ここってどちらですか?」
「日当たりのいいとこや。」
「分かりました。
そちらに向かいます。」
晴明邸で1番日の当たるのは、中庭が眺められる部屋。
珱姫は、部屋に向かった。
「晴明様?
あ、いらっしゃった。」
珱姫は、晴明に近付いた。
「わたくしの式神が知らせてくれたのですが…。
博雅様が来られます。」
「博雅が?
なんやろ…。
帝の命やろか…。
珱姫、酒とツマミを。」
「はい。
すぐに。」
珱姫は、一礼して、台所に行った。
ツマミと酒の準備ができた頃、博雅が来た。
「これはいい匂いだ。」
「博雅様。
いらっしゃいませ。
晴明様は、中庭の方のお部屋に、いらっしゃいます。
すぐに、おツマミを準備しますので、お待ちください。」
「そうか。
それは楽しみだ。
あっ、これもツマミにしてくれ。
ここに来る途中魚屋で買ったんだ。」
博雅は、魚の入った包みを渡した。
「まぁ…。
なんて大きなイワシでしょう。
ありがとうございます。」
「いやいや、美味しそうだったのでな。
では、私は、晴明のとこに行く。」
「では、わたくしの式神が、ご案内致します。」
珱姫は、人札に息を吹きかけた。
すると、桜の花を見に纏った、式神が現れた。
「桜、ご案内して。」
桜は、一礼して、博雅を晴明の居る部屋に案内した。
「晴明。」
「博雅、どうしたんや?」
「今回は、帝の命で来た。
まずは、珱姫が来るのを待とう。」
「それは、僕ら夫婦に命が降りたって事?」
「そうだ。」
そこに、珱姫が来た。
「お待たせしました。
お酒とおツマミです。
こちらのイワシは、博雅様から頂きました。」
「大きなイワシやな。
美味しそうや。」
「だろ?」
珱姫は、お酌しようとしていた。
「立派なイワシや。
珱姫も頂きなさい。」
珱姫のお酌の手が止まった。
「酒は、自分らで注ぐから頂きなさい。」
「はい。
ありがとうございます。」
盃にお酒を入れ、乾杯をし、口にしようとした時、全員の盃が割れた。
「これは…。
かなり、強い呪詛やな…。」
ボソッと晴明が言った。
「そうですね。」
晴明も珱姫も顔が険しくなった。
「そんなにか?」
「はい。」
重い口で珱姫は答えた。
「博雅。
今回は、僕ら2人に命が降りたんやろ?」
「ああ。
そうだ。」
「珱姫。
準備に取り掛かろうや。」
「はい。
では、お酒と粗塩を浴びてきます。」
「そやな。
僕も、浴びんと…。」
「晴明様。
お先にどうぞ。」
「分かった。
博雅、少し待っててくれ。」
「分かった。」
晴明と珱姫は、お酒と粗塩を浴び、体を清め、準備を始めた。
「準備完了や。
帝のとこに行こか。」
3人は、帝のとこに行った。
帝の家来が、帝に報告に行った。
「帝!
晴明様と珱姫と博雅様が来ました。」
「すぐに通せ!」
「はっ!!」
3人は、すぐに、帝の前に通された。
晴明が帝に話しかけた。
「帝。
僕ら夫婦に相談というのは、どう言う事ですか?
何かあったんですか?」
「今回は、珱姫と2人で解決していただきたい。」
「それだけ、酷いと言う事ですか?」
「そうだ。
まず、わたしの皇子(みこ)を助けて欲しいのだ。
和子(かずこ)。
ここへ、皇子を連れてまいれ。」
和子姫が、皇子を連れて来た。
「この子が、わたしの皇子だ。」
「失礼します。」
晴明と珱姫は、皇子を見た。
皇子は、顔から胸にかけて、赤黒くなっていて、息も絶え絶えになっていた。
晴明と珱姫の顔が、険しくなっていった。
晴明は、落ち着いた声で言った。
「これは…。
かなり強い呪詛にかけられております。」
「わたしの皇子に呪詛をかけた者がいると?!」
「はい。」
「その者を探せるか?」
「珱姫なら探せるでしょう。
珱姫の式神は、探知能力に長けてますから。」
「本当か?」
帝は、珱姫を見た。
「わたくしに、お任せ下さい。」
「おお。
頼んだぞ。」
「はい。」
晴明は、2人の間に割って入った。
「ですが、その前に、この呪詛を何とかしないといけません。」
「では、呪詛を解いてもらおう。」
「分かりました。
珱姫。」
「はい。」
「4人を任せてええ?」
「はい。」
「ほな、僕この部屋に結界作るわ。
布団には、皇子様の人形を入れておく。」
「はい。
わたくしは、隣の部屋に結界を張り、罠を仕掛けます。
呪詛をかけた者を、逃さないために。」
「分かった。
頼んだで?」
「はい。
帝、和子様、博雅様。
皇子様をお連れして、隣の部屋に参りましょう。」
珱姫は、隣の部屋に、帝達を連れて行き、結界を張り始めた。
「これで、本当に大丈夫なのでしょうか…。」
和子が、帝に言った。
「晴明と珱姫に任せたら大丈夫だ。
2人は、最強の陰陽師だから。」
「分かりました。
わたしも信じましょう。」
帝と和子がそんな話をしている間に、珱姫は結界を作り始めた。
「このお札まみれでいいのですか?」
「はい。
大丈夫にございます。」
「本当に大丈夫なのですか?」
珱姫は、手を止めた。
「和子様。
ご不安なのは分かりますが、お任せ下さい。
晴明様が、失敗するなど、ありえませんから。
わたくしは、これから、廊下に罠を仕掛けます。
こちらで、少々お待ちください。」
珱姫は、式神を何体か作った。
「この式神たちは、とても強い式神です。
皇子様のお守りに就かせていただきます。」
珱姫が出したのは、桜を身に纏った式神と、炎を身に纏った式神と、日本酒の大きな盃を持ち、お酒を身に纏った式神だった。
そこに、晴明の式神が、障子の向こうから声をかけてきた。
「珱姫様、準備は出来ましたか?」
「ええ。
出来たわ。
後は、皇子様に術をかけるのみよ。」
「かしこまりました。」
晴明の式神は、それだけ言うと下がった。
「皇子に術をかけると申したな?
珱姫!
何故にその様な事をする?」
「皇子様がもしお泣きになれば、この術は解けてしまいます。
術が解けてしまうと、怨霊の主に皇子様の事が知られてしまいます。
そうなれば、怨霊に皇子様を殺されてしまうかもしれません。
それを避けるために…でございます。」
「なるほど。
では、皇子に術を掛けてくれ。」
「かしこまりました。」
珱姫は、皇子に術をかけた。
すると、泣いていた皇子が黙り、スヤスヤと眠り始めた。
「もう少しで、丑の刻になります。
みな様、お声を出さぬように、お願いします。」
帝と和子と博雅は、頷いた。
丑の刻。
廊下を絹の擦れた音がし始めた。
その音は、確実にこちらに向かっていた。
そして、珱姫達が隠れている場所の前を通りがかった。
緊張が走る…。
チリリーン…。
珱姫のかけた罠に引っかかった音がした。
「(これで、誰が呪詛を使っているかが分かる。)」
絹の擦れる音が、隣の部屋の前で止まった。
障子が静かに開けられる音が、珱姫達がいる部屋まで聞こえる…。
チリーン…。
晴明が掛けた術の音がした。
チリーン…。
「帝…どこにおられる?
妾のとこに来ぬのは何故じゃ?
妾に飽きたのかえ?
寂しい…。
寂しい…。
憎い…。
皇子が憎い…。
皇子のせいで来ぬのじゃ。
皇子が居なくなれば、妾のとこに帰って来てくれる…。
皇子が憎い…。
皇子…。
皇子…。
何処じゃ?」
怨霊は、皇子を探し始めた。
「居った…。
皇子…。
死ぬがいい…っっ!!」
怨霊が見つけたのは、晴明が術を施した人形…。
晴明と珱姫は、術を唱え続けた。
怨霊は、人形の皇子を刺したり、首を絞めたりしていた。
怨霊は、一頻(ひとしき)り人形を甚振(いたぶ)り、満足したかのように部屋を出た。
珱姫達が居る部屋の前をまた通り始めた。
絹の擦れる音が遠ざかり、去って行った。
そこに、晴明様の式神が来た。
「珱姫様。
晴明様がお呼びです。
参りましょう。」
「分かったわ。
帝、和子様、博雅様、今一度、この部屋から出ませんように、お願いいたします。」
帝と和子と博雅は、頷いた。
珱姫は、晴明のとこに行った。
「珱姫。
どうや?
呪詛かけた者の居場所分かりそうか?」
「はい。
式神を使い、怨霊の正体を暴いて見せましょう。」
珱姫は、式神を出した。
今度の式神は、黒の百合を身に纏った式神だった。
「黒い百合とは珍しい物を出したなぁ…。」
「黒百合は、死を意味します。
彼女には、最適な言葉でしょう。」
「そうやな…。」
珱姫は、隣の部屋に戻り、帝と和子と博雅を連れて、晴明の待つ部屋に入った。
「帝、これが、怨霊の力です。
呪詛をかけた者は、今、珱姫の式神が張り付いておりますので、すぐに見つかるでしょう。
今日から3日間、僕と珱姫は、毎日、帝の元に参ります。
そして、皇子様をお守りさせて下さい。」
「分かった。
任せよう。
寝食もこちらで済ませられるよう、手配しておく。
気兼ねする事なく、居てくれて構わん。」
「ありがたきお言葉。」
「和子、女中に2人に寝食の準備をさせなさい。」
「分かりました。
お2人方、こちらへ。」
晴明と珱姫は、和子について行った。
「こちらのお部屋をお使い下さい。」
和子に言われ、2人は、部屋に入った。
「夫婦ですから、同じ部屋でよろしいですよね?」
そう言われ、1つの部屋を貸していただいた。
女中達は、食事と布団の準備をしてくれた。
「この時間に食べる食事を、格別に感じるのは、わたくしだけでしょうか?」
「いや、僕も思うてるよ。」
珱姫と晴明は、食事を終え、女中が敷いた布団で眠った。
次の日。
珱姫が起きると、式神が帰ってきた。
式神は、珱姫に呪詛を掛けた本人を、見つけ出していた。
珱姫は、式神を消し、晴明を起こした。
「晴明様。
呪詛を掛けた者の居場所が分かりました。」
「本当か?」
「はい。」
「珱姫!
ようやった!!
早速、帝に報告や。」
「はい!」
晴明と珱姫は、帝の元に行った。
「帝。
珱姫が、呪詛を掛けた者を探し出しました。」
「本当か!
して、その者の名は?!」
珱姫が晴明に耳打ちした。
「その者の名は、綾子姫になります。」
「なんと!!
綾子が?!」
「はい。
珱姫の調べによりますと、綾子様になります。」
「そうか…。
今、綾子を呼び、詰めたらどうなる?」
「皇子様に対し、綾子様の念が強く出てしまうでしょう。」
「そうか…。
晴明、わたしは、どうしたら良い?」
「綾子様自身が、お気が付きになる事が、重要にがざいます。」
「綾子自身がか?」
「はい。
そうすれば、自然と呪詛は消えます。」
「どうすれば、良いのだ?」
「綾子様に関しては、こちらで動かせていただきます。
ご自身のことに、お気が付きになることはないか?と…。
あれだけ、強い呪詛を掛けられると言うことは、ご自身にも何かしらの症状があるかと思うてます。」
「うーむ…。
しかし、このままにしておれば、皇子の命が…。」
「皇子様のお命は、僕と妻で守らせてもらいます。
ご安心ください。」
「今夜も昨晩のようにするのか?」
「はい。
綾子様がお気が付きになるまで…。」
「3日で終わるのか?」
「終えて見せましょう。」
「任せたぞ、晴明。」
「はい。」
晴明と珱姫は下がった。
晴明は、その足で綾子のとこに行った。
「綾子様、安倍 晴明です。
妻の珱姫も居てます。」
「珱姫となっ?」
「はい。
綾子様、ご機嫌いかがでしょうか?
もしよろしければ、お話し致しませんか?」
「珱姫…聞いてくれるか?」
「勿論にございます。」
「晴明は、下がっておれ。
珱姫、近う…。」
「かしこまりました。
僕は出てます。」
「珱姫、早う。」
「はい。」
珱姫は、綾子の近くに行った。
「綾子様、最近どうかされましたか?」
「それが…力が抜けるのじゃ。
筆も持てんほどに…。
これは、何かあるのではなかろうか?」
「綾子様、いつから力が入らないのでしょうか?」
「ここ2〜3日ほどじゃ。」
「(ってことは、2〜3日の内に生霊を飛ばしていたのね…。)
わたくしにお任せ下さいませ。」
「頼んだ。」
珱姫は、触るのが危険と分かっていても、触らざるを得なかった。
触った瞬間、冷たいものが背中を通り、ゾクゾクっとした。
「綾子様、最近、何かに思い詰めてることはありませんか?」
「実は…帝に皇子が生まれてから、皇子が憎いと思うてしまうようになったのじゃ…。
いけないことと分かってはいるのじゃが…。
なにぶん、帝も来ぬようになってしまい、妾の思いも届かぬようになってのう…。
それが、寂しゅうて…。
珱姫、帝の心を取り戻す方法は無いのものか?」
「残念ながら、取り戻す方法はございません。」
「そなたなら、知っておると思うたが…。」
「人の心は、移り気なものにございます。
それを縛るようなものは、この世にございません。」
「そうか…。
そなた、いつまで宮廷に居るのじゃ?」
「明後日までは、ここに居ります。」
「ならば、明日もここに来て欲しい。」
「分かりました。」
珱姫は下がった。
珱姫は、綾子の話しを、晴明に話した。
「自分でもそこまで思うてるんやったら、簡単に行きそうやけどなぁ…。
何かが邪魔してんねん…。」
「綾子様に触れた時、背筋がゾクゾクッとしました。
綾子様の話し方からして、誰かに操られているような気配を感じました。」
「そうか…。
今日も、同じ結界で行くしかないなぁ…。」
「はい…。
わたくしは、操ってる者も見つけようと思います。」
「分かった。
無理はあかんで?」
「はい。」
珱姫は、今日も罠を仕掛けた。
今回のは、昨日と違い、操ってる者を特定するものだった。
丑の刻。
昨日と同じように、隣の部屋で息を潜める帝と和子と珱姫。
その前を綾子が通った時に、チリリーンと鳴った。
「(今回も成功。)」
珱姫がそう思った時に、帝が部屋を出た。
「綾子!」
綾子を呼び止める帝に、晴明と珱姫は焦った。
「帝!!
何故、妾の元に来てくれぬのです?
もう、飽いてしまったのです?」
「綾子!
すまん!
わたしのせいだ!
そなたをそのような姿にしてしまった…。
わたしのせいだ!!」
「帝…。
妾の事どう思いなのじゃ?」
「綾子の事は好いておる。
しかし、今は、和子の方を、もっと好いておる…。」
「帝…。
妾は、どうしたらいいのじゃ?
故郷へ帰らされるのかえ?」
「いいや。
帰すつもりなど毛頭ない。
わたしのそばにいてくれ。」
「帝…。
分かりました…。
妾は、居ていいのかえ?」
「そうだ。」
綾子は、元来た道を戻って行った。
胸を撫で下ろす、晴明と珱姫。
「帝、いきなり行動するのは、お止め下さい。
僕らでも、対処出来んこともあります。」
「すまなかった。」
珱姫は、皇子を見た。
皇子は、ドス黒さがなくなり、普通の赤子のように見えた。
「晴明様。
皇子様を見ていただけますか?
わたくしには、普通の赤子に、戻ったように見えます。」
晴明も皇子を見た。
「ほんまや。
帝、皇子様は、もう大丈夫です。」
「本当か!
晴明!!」
「はい。」
「良かった!」
「晴明様、綾子様を操っていた者が分かりました。」
「誰や?」
「綾子様のお父様です。」
「ほんまか?!」
「はい。
この事、帝に言いますか?」
「今は、言わん方がええやろ。」
「そうですね。」
晴明と珱姫に、和子が話しかけた。
「皇子のこと、解決いただき、ありがとうございました。
本日から、ご自宅に戻られますか?」
「はい。
そうさせて頂きます。」
晴明は、そう答えた。
帝は、止めに入った。
「予定通り、3日間は、泊まっていってくれ。
褒美もまだだしの。」
「帝、褒美だなんて…。
今回は、帝ご自身が解決なさったこと。
褒美など渡さなくとも…。」
「和子、いきなりどうした?
晴明達には、褒美を渡す。
晴明達に救われたのは事実だからな。」
和子は納得いかなかった。
この出来事で、帝は和子のことを、避けるようになり、綾子の元に通うようになった。
和子は、それが気に入らなかったが、帝を取り戻すことが出来ず、綾子のことを、羨むようになったが、それは、また、別の機会に。



