○放課後・学校のゴミ捨て場付近
※前回の続き


玉木「なんで片瀬さんが、相沢と一緒にいるんだよ」


璃青と二人でいるところを、偶然玉木に見られてしまった茉白は、内心冷や汗タラタラ。


玉木「この間の体育のバスケのときも、片瀬さんと相沢がなんか仲良さげに見つめ合ってたし」「もしかして、二人って知り合い? まさか、付き合ってたりして……?」

茉白「えっと……」

茉白(ど、どうしよう。芸能科は恋愛禁止だし、とにかく早く否定しなくちゃ)


茉白と璃青は、瞬時に目配せする。


茉白「ちっ、違うの玉木くん。あの、私が璃青くんのファンで。体育のときは思わず、私が一方的に見ちゃってただけで……」

玉木「そうなの?」

茉白「うん。今日も、たまたまそこで見かけたから、つい声をかけてしまったというか……」

茉白(って、自分で言っておきながら、さすがにこの言い訳はちょっとキツいかな?)


茉白「あの、璃青くん。いきなり引き止めてしまって、ごめんなさい」

璃青「……いいよ」

茉白「これからも、ずっと応援してます」

璃青「どうも」


玉木の手前、茉白は璃青のファンを装い、璃青も茉白に他の女子と同様に無表情で冷たく言い放つと、スタスタと歩いていった。


玉木「片瀬さんって、相沢のファンだったんだ?」

茉白「実は、そうなんだ。友達の陽彩の影響もあって……」

玉木「相沢って、女子に今すげぇ人気だもんな」

茉白(この様子だと、玉木くん信じてくれたかな? あまり疑い深い人じゃなくて良かった……)

玉木「そうか。片瀬さんは、相沢みたいなヤツが良いのか……」


玉木はポツリと呟くと、歩いていく璃青の背中をじっと見つめていた。



○相沢家・ダイニングキッチン(夜)

茉白(紫さんは今日遅番で不在だから、私が夕飯を作らないと。)
(今朝家を出る前に、紫さんに今晩よろしくって言われていたのすっかり忘れてた)

茉白(夕飯何にしよう? じゃがいもと人参……そうだ。カレーにしようかな)
※冷蔵庫のドアを開けて


茉白がひとりで夕食の準備をしていると、突然目の前の壁にゴキブリが出現。


茉白「ひっ……ま、まさか……G?」


すると壁にいたゴキブリが飛んで床へと移動したため、茉白の顔がサッと青ざめる。


茉白「Nooooooo!!!(いやーーーーー!!!)」

璃青「ただいま〜」


そこへ璃青が帰宅。

璃青「あれ。しーちゃん、どうしたの? 大声なんか出して」

茉白「り、璃青くん。で、出たの……」

璃青「ん? 出たって何が?」

茉白「じ、Gがぁぁぁ!」


涙目の茉白が、璃青へと慌てて近づく。


その際、茉白は床に落ちていたビニール袋に気づかずにズルッと足を滑らせてしまう。


茉白「きゃっ……!」

璃青「しーちゃ、危ない……!」


ドサッ!

そして、茉白を助けようとした璃青もろとも転倒。


茉白「痛たた……えっ」


気づくと、茉白の目の前には璃青の顔のドアップ。


茉白が璃青を押し倒すようにして床に倒れ込んでおり、近すぎる距離に茉白は一瞬思考が停止する。


茉白「ごっ、ご、ごめんっ!」


数秒後、我に返った茉白は慌てて璃青の上から飛び退くが、触れた場所から熱が消えずドキドキ。


茉白「り、璃青くん。ただでさえ女嫌いなのに……急に押し倒したりして、ほんとごめん」

璃青「大丈夫だよ」


璃青がニコッと笑い、茉白の目元の涙を指で優しく拭う。


璃青「しーちゃんの言うとおり、俺は確かに女子が苦手だけど……しーちゃんのことは嫌いじゃないよ」

茉白「え?」


璃青「俺、昔は髪も長くて。女みたいな見た目で、泣き虫だったから」「幼稚園ではいつも、女子にいじめられてたんだ」

璃青の顔が、わずかに曇る。


璃青「だから、その影響で今でも女子は苦手で。ダメだって分かってるけど、仕事のとき以外はつい女子に冷たくしてしまうんだよね」


璃青が幼い頃にいつも持っていたクマのぬいぐるみを、女子に取り上げられて泣く幼稚園時代の璃青の回想シーン。


璃青「あの頃、女子で俺に優しくしてくれたのは、しーちゃんだけだった」


子ども茉白『リオちゃん、遊ぼう』
『私のおもちゃ、貸してあげる』

自分に優しく声をかけ手を繋いでくれる幼稚園時代の茉白を思い出し、頬をゆるめる璃青。


璃青「しーちゃんは可愛くて、優しくて。あのときから、俺にとってしーちゃんは……茉白は特別だった」

茉白(璃青くんにとって、私は特別?)


璃青のことを、真っ直ぐ見つめる茉白。


茉白「ねぇ、璃青くん。それって、どういう意味?」

璃青(えっ、まさか今ので意味が伝わってないのか!?)

璃青「……っ。そっ、それは……!」
ゴクリと唾を飲み、意を決する璃青。


璃青「特別っていうのは……おっ、俺が茉白のことを好……」

茉白「……っ! き、きゃあああ。じっ、Gぃーー!」


璃青の言葉の途中で、先ほど逃げたゴキブリが再び二人のもとに飛んできて茉白が大声をあげたため、璃青は最後まで言えずに終わる。


璃青「う、嘘だろ……」


部屋の中を走り回る茉白を見て、璃青はガクッと肩を落とす。


璃青「でも、これはきっと、俺がしーちゃんに気持ちを伝えるのはまだ早いってことかもな」


ひとり呟くと、璃青はゴキブリを殺虫剤で素早く退治した。



○相沢家・ダイニングキッチン


平和が戻ったキッチンで、茉白は夕飯のカレーを調理している。


璃青「しーちゃん、今日の夕飯は何?」

茉白「カレーだよ」

璃青「お。めっちゃ美味そうだな」


璃青が茉白の肩越しに、カレーを煮込んでいる鍋をそっと覗き込む。


茉白「え!? り、璃青く……あつっ!」


璃青の顔がすぐそばにあることに驚いた茉白は、つい鍋の縁に指で触れてしまった。


璃青「しーちゃんっ! ごめん、早く冷やさないと」

茉白「!」


茉白は璃青に背後から抱き込まれるような体勢で手を取られ、シンクに連れて行かれる。


璃青に手を支えられながら、流水で茉白の指が冷やされる。


茉白「ねぇ、璃青くん。水で指を冷やすくらい、自分でできるよ」


この体勢のまま5分以上が経っても、璃青は茉白から手を離す気配がない。


璃青「ダメだよ。そもそもは俺が急に声をかけたせいで、しーちゃんが火傷しちゃったんだから」

璃青「それに、大切なしーちゃんの手に火傷の跡が残ったりしたら大変だろ?」


茉白(璃青くんの気持ちは嬉しいけど。これはさすがに、距離が近すぎるよ……っ)


茉白の背中と璃青の逞しい胸板がぴったりと密着し、茉白の鼓動は速まるばかり。


茉白(火傷した指は、だんだんと冷たくなっていってるはずなのに)
(璃青くんに掴まれている手と私の頬は、逆にどんどん熱くなってる気がする……)



○20分後・相沢家のリビング


璃青「しーちゃん、大丈夫?」

茉白「うん……お陰さまで」


流水でしばらく指を冷やしたあと、璃青が茉白の指に薬を塗り、絆創膏を貼って手当する。


璃青「俺のせいで、ほんとごめんね?」

茉白「ううん。璃青くんのせいじゃないから」

璃青「……はい、できた」


璃青は茉白の指をそっとなでると、絆創膏の上からちゅっと軽くキスを落とす。


茉白「ちょっと、璃青くん!?」

璃青「早く治りますようにっていうおまじないだよ」

茉白「……っ!」


茉白は赤くなった頬を隠すように、璃青から顔を背ける。


茉白(璃青くんのせいで、胸のドキドキはおさまるどころかますます大きくなっていくばかりだよ)

茉白(だけど……なんで私、さっきからずっとこんなに胸がドキドキしてるんだろう)



○夕食後・ダイニングキッチン


茉白(璃青くん、夕飯のカレーを笑顔で『美味しい』って言って、おかわりまでしてくれて嬉しかったな)


璃青「しーちゃん」


食器を洗うため、シンクの前に立った茉白に璃青が声をかける。


璃青「今夜、洗い物は俺がするよ。しーちゃんは、指に絆創膏貼ってるし。火傷したところだから無理しないで」服の袖を捲る璃青

茉白(璃青くん、優しいな)

璃青「しーちゃんは、今夜はゆっくりしててよ」ふわりと微笑む。

茉白「ありがとう。それじゃあ、お願いしようかな」



ピンポーン。

しばらくして家のインターホンが鳴る。


璃青「ごめん、しーちゃん。ちょっと出てもらって良い? 俺、いま手が離せなくて」

茉白「あっ、うん」


璃青は洗い物の最中なので茉白が玄関のドアを開けて外へ出ると、そこには知らない美女が立っていた。


美女「夜分にすみません。璃青はいますか?」


茉白(えっと……誰?)