○相沢家 リビング(夜)※前回の続き


ソファに見つめ合って座る、茉白と璃青。


璃青に「俺の彼女になる?」と言われ、茉白は何度も瞬きを繰り返す。


茉白(えっと、それってどういう……)


璃青「好きだよ、茉白」


すると、茉白の顎を指で持ち上げたまま璃青の顔が茉白へと近づいてくる。


茉白(えっ、え!? これってまさか、キ……!?)


キスを予感した茉白は咄嗟に目を閉じるが、しばらく経っても彼の唇は落ちて来ない。


璃青「……とまあ、こんな感じかな? さっきの映画のシーンを、ちょっと軽く再現してみた」

茉白(さ、再現!? なんだぁ……)※頬を真っ赤にさせ、拍子抜けする。

茉白(でも、よく考えてみれば芸能人で女嫌いって噂のある璃青くんが、私を好きなわけないのに……)


璃青「ねぇ。少しは俺にドキドキした?」
璃青が、茉白の顔を覗き込む。


茉白「ドッ、ドキドキって……もう! 璃青くんったら、いつまでもからかわないで! お風呂いってきます」


早足で歩いていく茉白の後ろ姿を見つめながら、璃青はぽつりと呟く。


璃青「俺は、からかってなんかいない。茉白を異性として好きだっていうのは本当だよ」


10年前に璃青が茉白に渡した、彼女とお揃いの水色のハートのキーホルダーを手に、璃青は少し切なげに微笑む。


璃青「茉白には、昔のままの “ リオちゃん ” じゃなくて……俺のことを、もっと男として意識して欲しいって思ってるよ」


璃青は、ハートのキーホルダーをぎゅっと握りしめた。



○翌日・学校。2年2組の教室。


現在、5限目のホームルームで委員会を決めているところ。


学級委員の男子「それでは次、美化委員会ー!」※教壇の前に立っている。


図書委員、保健委員と順調に決まっていくなかで、美化委員を募るときは誰も手を挙げず。
教室はシーンと静まり返る。


茉白(あれ? 誰も手を挙げないの?)


学級委員の男子「立候補は、誰もいませんか?」


茉白(学級委員の山田くん、困ってる……)
(ていうか、そもそも美化委員って何をするんだっけ?)

腕を組み、首を傾ける茉白。
※6歳から10年間アメリカにいたため、茉白はまだよく分かっていない日本語もある。


茉白(美化……? 美しいって漢字が入ってるから……あっ! もしかして、Clean? 学校を綺麗にするってこと??)
(それなら、私にもできるかも。)


茉白「……はいっ!」


茉白が元気よく手を挙げ、学級委員の山田は安堵した表情。


学級委員の男子「では、女子の美化委員は片瀬さんで決まりですね。あとは、男子だけど……」

玉木「はい! だったら、俺やりまーす」


茉白のあとにスっと手を挙げた、クラスメイトの男子。

玉木(たまき) 草太(そうた)
サッカー部で、黒髪短髪の爽やか少年。


学級委員の男子「それじゃあ、決定ってことで。次は……」


茉白が玉木の席のほうを見ると、彼と目が合い爽やかに微笑まれる。

茉白は、そんな玉木にペコッと軽く頭を下げた。



○2年2組の教室・ホームルーム後の休み時間


陽彩「ちょっと、茉白〜!」

陽彩が駆け足で茉白の席へとやって来る。


陽彩「茉白ってば、凄いね!」

茉白「え? 何が?」

陽彩「毎週水曜日の放課後に清掃活動がある人気ワーストの美化委員に、自ら立候補するなんて。ほんと、積極的っていうかさぁ」

茉白「えっ、そうなの!?」

茉白(まさか、毎週掃除があるなんて)
(転校してきてまだ一週間足らずだし、そんなの知らなかったよ……とほほ)


担任「おーい。美化委員の二人! 今日の放課後、校内の清掃があるからな。よろしく頼むぞー!」

茉白「わ。さっそく今日から!?」


教室を出て行く前に担任が発した言葉に、目を丸くする茉白。


陽彩「ドンマイ、茉白! 頑張って!」



○放課後・体育館裏(夕方)


美化委員の清掃活動で茉白は校舎外の掃除の担当となったため、体育館裏の掃き掃除をすることに。

校舎外と校舎内を各学年2クラスずつ分散して掃除するため、体育館裏の掃除担当の生徒は茉白を含めて4人。


箒を手に地面に落ちた沢山の桜の花びらや落ち葉を見て、思わずため息をつきそうになる茉白。


茉白(って、いけない。こういうときは、楽しい妄想でもして気分を上げよう……)


茉白の目の前に、小さい璃青が3人現れる。


チビ璃青1『フレーフレー、ま・し・ろ』

チビ璃青2『フレッフレッ、しーちゃん!』

チビ璃青3『頑張れ頑張れ、茉白っ!』


学ランにハチマキ姿の応援団に扮した小さい璃青たち3人が、茉白を応援している絵。


茉白(ふふふ。チビ璃青くんたち、可愛い)


口元がゆるみ、自分の妄想の世界に入り込む茉白。


玉木「おーい、片瀬さーん」


茉白と同じく美化委員の玉木が茉白に声をかけるも、茉白は気づかない。


チビ璃青『しーちゃん。You can do it!(君ならできるよ)』親指を立てる。

妄想するなかで、茉白もチビ璃青と同じように親指をグッと立てる。


玉木「ねぇ、片瀬さんってば!」

茉白「はっ、はい!」


玉木に何度か肩をポンポンと叩かれ、ようやく彼に気づいた茉白は、親指を立てたまま振り返る。


玉木「どうしたの? さっきからボーッとして。どこか具合でも悪い?」

茉白「いっ、いえ。ちょっと頭の中で、小さな璃青くんが……」

玉木「え、璃青くん?」

茉白(って、しまった。玉木くんの前で、何を言ってるの私ーーっ!)

茉白(ついあんな妄想をしてしまったのも、さっき陽彩からスマホに送られてきた、璃青くんの写真を見たせいだ……!)

※学ランにハチマキ姿の璃青の絵。


茉白「Sorry! Don't worry!(ごめん、心配しないで!)」

顔を真っ赤にした茉白は早口で言うと、箒でせっせと落ち葉を掃いていく。


玉木「つーか、片瀬さん。やっぱり英語の発音、めっちゃ良いな」

茉白「えっ!」


玉木に言われ、茉白は自分がつい英語で話してしまっていたことに気づく。


茉白「す、すいません……」

玉木「何で謝るの? 英語が話せるって、かっこいいじゃん」


箒で落ち葉を掃きながら、人懐っこい笑みを見せる玉木。


玉木「ねぇ。片瀬さん、帰国子女ってことは英語得意?」

茉白「えっと。日常会話程度なら少し……」

玉木「まじ!? 片瀬さん、良かったら俺に英語教えてくれない?」

茉白「え?! わっ、私が玉木くんに!?」

玉木「うん。俺、英語がいつも点数悪くて。次に小テストで赤点とったら、顧問に部活停止って言われちゃってやばいんだよ」

茉白(……確か陽彩がサッカー部の顧問の先生は、部員の成績に厳しくて有名って言ってたな)

玉木「頼むよ、片瀬さん。赤点回避できたら俺、片瀬さんの言うこと何でも聞くから!」

茉白(う……。)


玉木に懇願するような目で見つめられた茉白は、当然断れるわけもなく首を縦に振った。


璃青「……誰だよ、あいつ。しーちゃんに、近づき過ぎなんだけど」


茉白が玉木と体育館裏で話す様子を、璃青が校舎の3階の窓から不機嫌そうにじっと見ていた。



○学校の体育館裏・1時間後。


ようやく掃き掃除が終了し、花びらや落ち葉を回収したゴミ袋は6袋になっていた。


玉木「ごめん、片瀬さん。俺、さすがにそろそろ部活行かないとやばくて」

男子「あっ! 僕も、塾の時間だ。遅刻する」

女子「あたしも、保育園の弟のお迎えが……」


玉木と他の二人が、茉白に申し訳なさそうな顔をする。


茉白(みんな、用事があるんだ……)


茉白「いいよ。あとは私がやっておくから」

玉木「片瀬さん、サンキュー」

男子「ありがとう!」

女子「ほんとにごめんね」


玉木たち3人が去っていき、茉白だけが1人ぽつんと体育館裏に残される。


茉白(みんな用事があるんだもん。仕方ない)

茉白「よし。ファイトだ、私!」

先ほどのチビ璃青の応援を思い出して微笑むと、茉白はゴミ袋を手に歩きだす。


茉白(一度に全部は運べないから、2袋ずつ。だから、3往復か……道は長い)


体育館裏から遠く離れたゴミ捨て場のほうを見据え、茉白は小さくため息。


茉白(だけど、自分の仕事は最後までちゃんとやらないと!)


ふたつのゴミ袋を引きずるようにして茉白が運んでいると、そこへ璃青がやって来る。


璃青「……あれ? しーちゃん?」

茉白「り、璃青くん!?」

璃青「こんなところで、何やってるの?」

茉白「ゴミ捨て。美化委員になったから、ここで掃除してたの」

璃青「そうなんだ」

茉白の言葉に、璃青が眉をひそめる。


璃青「それにしても、なんでしーちゃんが1人でゴミ捨てをしてるの? 他の委員の人は?」

茉白「みんな、部活とか用事があるって言うから。私がやっておくよって言ったの」

璃青「……しーちゃんって、昔からそうだよね。一度だけ家で友達何人かで遊んだときも、おやつのケーキを選ぶときにしーちゃんが『私は最後で良いよ』って言って。自分の食べたかった物を食べられなかったり」

茉白「はは。ほんと私って、お人好しっていうかバカだよね……」

璃青「ううん、そんなことない。俺は、しーちゃんのことそんなふうには思わない」

茉白「璃青くん……」

璃青「しーちゃんは、昔から変わらず優しくて。困ってる人を見ると放っておけなくて」

璃青「俺は、茉白のそういうところ……好きだよ」

真剣な眼差しの璃青に、茉白は胸がドキドキする。


璃青「しーちゃんは、いつも頑張ってて。ほんと偉いね」

璃青が、茉白の頭をポンポンと優しく撫でる。

そして璃青は、茉白が持っているゴミ袋をひとつ取った。


璃青「俺も手伝うよ」

茉白「いや。そんな……璃青くん、美化委員じゃないのに悪いよ」

璃青「悪くない。俺がしーちゃんを、このまま一人で放っておくなんてことはできないよ」

璃青「頑張るしーちゃんも好きだけど。あまり一人で無理しないで」

茉白「……ありがとう」


それから璃青と一緒に、ゴミ袋をゴミ捨て場まで運ぶ茉白。



○ゴミ捨て場の前(数十分後)


全てのゴミ袋を二人が運び終える頃には、辺りは薄暗くなっていた。


茉白「璃青くん、ありがとう」

璃青「ううん」

茉白「そういえば璃青くん、私に何か用?」
「ていうか今更だけど、璃青くん私と二人でいるとまずいよね」

彼が芸能人であることを思い出した茉白は、璃青からさっと離れる。

それを見た璃青は、少し悲しげ。


璃青「放課後、ここには人が滅多に来ないから大丈夫だよ」

璃青は一応辺りを確認するように見回し、ブレザーのポケットに片手を入れてゴソゴソ。


璃青「……はい」

璃青が家の合鍵を茉白に渡す。

茉白「えっ、鍵!?」

璃青「うん。これを渡すために来たんだ。今日は母さんが仕事の遅番で、帰りが遅いから。このまま帰っても、家に入れないからさ」

茉白(そっか。紫さんは、病院で看護師の仕事をしてるから)

茉白「わざわざありがとう」


茉白が、璃青から家の合鍵を受け取ったとき。


玉木「片瀬さん!」

茉白「たっ、玉木くん!?」


部活に行ったはずのクラスメイトの玉木が、走って戻ってきた。


玉木「やっぱり、片瀬さん一人にゴミ捨てを任せたら悪いなと思って。気になって戻ってきたんだけど……って!」

璃青を見て、目を丸くする玉木。


玉木「あっ、相沢璃青!? え、なんで片瀬さんが相沢と一緒にいるんだよ」

茉白「えっと……」

玉木「そういえば、この間の体育のバスケのときも、片瀬さんと相沢がなんか仲良さげに見つめ合ってたし」


茉白(うそでしょ!? 今回だけでなく、この前の体育のときも玉木くんに見られていたなんて)

玉木「今だって、こんなところで二人きりで会ったりして。もしかして、二人って知り合い? まさか、付き合ってたりして……?」

茉白「えっと……」


茉白(まずい。ど、どうしよう……)