○相沢家・リビング(夕方)※第1話の続き。


床に四つん這いになる茉白。


茉白(まさか、“ リオちゃん ” が男だったなんて……。)


茉白脳内の美少女リオちゃんの顔にヒビが入り、粉々に砕ける絵。


茉白(アメリカで女の子に大人気の女物の香水、リオちゃんにプレゼントしようと思って買ったのに……これじゃあ渡せないよ)


紫「さぁ。そろそろ、お夕飯の準備するわね」


紫の声に、茉白は我に返る。


茉白「紫さん。私も手伝います!」

紫「あらあら。気にせずゆっくりしてくれていいのよ?」

茉白「いえ。やらせてください」


茉白(私は居候の身なんだから。家のお手伝いも頑張らなくちゃ!)



○夕食、ダイニング(19時頃)


テーブルには、ご飯、味噌汁、ハンバーグ、サラダ。そして、デザートのイチゴが並ぶ。


璃青と向かい合って座り、ご飯を食べる茉白。茉白の隣の席には、紫が座る。


茉白(ああ。味噌汁が体にしみ渡る)
味噌汁を飲んで、茉白はほうっと息をつく。


紫「今日はね、茉白ちゃんが手伝ってくれたのよ〜」

璃青「へぇー、どうりで。今日の夕飯は、いつにも増して美味しいと思った」


璃青の言葉に、ご飯を食べながら茉白は口元がほころぶ。そんな茉白を、璃青がじっと見つめている。


──ピンポーン。

すると、家のインターホンが鳴り紫が席を立った。

そのためダイニングは、茉白と璃青のふたりきりになる。


茉白「……リオちゃん?」


璃青の視線に気づいた茉白が、首を傾ける。


茉白「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

璃青「あっ、うん。口の端のところに、ソースがついてる」


璃青が、自分の左唇の端を指でちょんとさす。


茉白「左?」

璃青を見た茉白は、自分の手でソースを取ろうとするもなかなか取れない。


璃青「違う。そこじゃなくて、もう少し上」

実はソースは左ではなく、本当は右の唇の端についており、茉白を見て璃青はニヤニヤ。


璃青「ごめん、しーちゃん。ソースついてるの、本当は右なんだ」

茉白「え、右!?」

璃青「……ここだよ」


璃青がテーブルから身を乗り出し、彼の綺麗な顔と長い指が茉白に近づく。


茉白(え……?)


すると、璃青が茉白の右の唇の端を指でそっと拭い、それをパクッと自分の口に入れた。


茉白「なっ、な……!」


突然のことに茉白は動揺し、顔から火が出そうなくらい真っ赤になる。


茉白「リ、リオちゃん……っ!」

璃青「嘘ついてごめんね? しーちゃんがあまりにも可愛くて、つい意地悪しちゃった」

璃青は、てへっと可愛く舌を出す。


茉白「もう! 可愛いとか、そんなこと言ってもダメだよ」

璃青「……しーちゃんのこと、昔から本当に可愛いって思ってるんだけどな(ボソッと)」

茉白「え?」

璃青「ううん。俺の分のイチゴもあげるからさ。しーちゃん、許して?」

茉白、上目遣いの璃青に思わずきゅんとする。

茉白「しょうがないなぁ……もう意地悪しないでね」



○夕食後・リビング


リビングのソファに座り、茉白がアメリカで璃青のために買っていた香水を手に眺めている。


璃青「あれ。その香水、どうしたの?」


リビングにやって来た璃青の声にハッとした茉白は香水を背中に隠すも、ふと思い直して正直に話すことに。


茉白「実はこれ、リオちゃんにと思って帰国前にアメリカのショップで私とお揃いで買ったんだけど」

璃青「えっ、しーちゃんが俺のために?」

茉白「でもこれ、女物の香水だから……」


香水は、ハート型のボトルに入っている。


璃青「ありがとう」香水を見つめ微笑む。


璃青「たとえ女物だろうと、俺はしーちゃんからもらうものなら、どんな物でも嬉しいよ」


璃青が香水を持つ茉白の手を、大きな手で包みこむ。


璃青「それに、しーちゃんとお揃いとか最高じゃん。俺、これ欲しいな。もらっても良い?」

茉白「リオちゃん……うん、もちろんだよ」


茉白から香水を受け取ると、璃青がしゅっと自分の手首に吹きかけ、鼻を寄せる。


璃青「へぇ。これ、ホワイトフローラル? すずらんの良い香りだね」


彼に尋ねられ、茉白はコクリと頷く。


璃青「気に入った。俺、これから仕事以外は、いつもつけるね」



○翌朝。相沢家・洗面所


茉白「うーん」


洗面所の鏡の前で、制服のネクタイをなかなか上手く結べず苦戦する茉白。


璃青「しーちゃん、ネクタイ結べそう?」


洗面所からなかなか出てこない茉白が気になり、高校の制服姿の璃青が様子を見に来る。


茉白「ちょっと、上手く結べなくて」

璃青「俺がやってあげよっか?」


茉白の目の前にやってきた璃青から、昨日プレゼントした香水の香りがし、早速つけてくれているのだと茉白は嬉しくなる。


茉白(リオちゃん、顔近い……)
(それにリオちゃんの手、私のと違ってすごく大きい)


璃青の手を、思わずまじまじと見てしまう茉白。


茉白(ていうか、こんなにも近かったら私の心臓の音がリオちゃんに聞こえてしまわないかな……)ぎゅっと目を閉じる。


璃青との距離の近さに茉白は終始ドキドキしながら、彼にネクタイを結んでもらった。


璃青「はい、できた」

茉白「ありがとう。わぁ、すごくきれい」

璃青「俺で良ければ、毎朝しーちゃんのネクタイ結んであげるよ?」

茉白「ええ!?」

茉白(まっ、毎朝なんて。さすがに冗談……だよね?)


璃青「ねぇ、しーちゃん。登校する前に確認だけど、俺たちがここで一緒に住んでることは、学校では秘密にしてね。芸能科は恋愛禁止だから」


唇に人差し指を当てパチッと片目を閉じる璃青に、思わずときめく茉白。


茉白「お、OK」親指と人差し指で丸を作る。


璃青「それじゃあ……」

茉白「あっ、待って」


洗面所を出て行こうとする璃青を、茉白が止める。


茉白「えっと、あの、リオちゃん……じゃなくて」モジモジとしながら。

璃青「ん?」

茉白「昨日は驚いてしまって、ちゃんと言えなかったんだけど……。これから1ヶ月間、よろしくね……“ 璃青くん ”」

璃青「しーちゃん……!」

璃青の顔が、花が咲いたように明るくなる。

璃青「うん! よろしく」



○高校までの通学路・8時過ぎ


茉白が璃青よりも先に家を出て、通学路を歩いている。


茉白(それにしても、まさかリオちゃんが男の子だったなんて……)

茉白(だけど、ちゃんと事実を受け入れなくちゃね! そのために、さっき勇気を出して『璃青くん』って呼んだんだから)


スーツケースからスクールバッグに付け替えた、昔リオにもらった水色のハートのキーホルダーに目をやる茉白。


茉白(それに、男の子だろうと女の子だろうと、リオちゃんはリオちゃんだ)


クラスメイト女子「おはよー、片瀬さん」


自転車に乗ったクラスメイトの女子が茉白の横を通り過ぎ、茉白も挨拶を返す。


茉白(昨日の夕食のときは、ちょっと意地悪もされたけど。)
(今朝はネクタイを結んでくれたりして。なんだかんだ、リオちゃ……璃青くんは優しいな)


茉白(それにしても、芸能人との秘密の同居か。なんか漫画みたいな展開で、ちょっとワクワクしちゃう)



○高校・校門前


校門の前には、何やら女子の人だかりができており、それを見てギョッとする茉白。


陽彩「あっ、茉白。おはよう!」


人だかりの中には陽彩もおり、茉白に気づいた彼女がこちらに駆け寄ってくる。


茉白「おはよう。ねぇ、あの人たちは?」

陽彩「ああ。ここにいる人たちはみんな、相沢璃青くんが登校してくるのを待っているのよ」

茉白「えっ、璃青くんの!?」

彼の名前に、茉白は胸が跳ねる。


茉白(ずっとアメリカにいたから、よく知らないけど。璃青くんって、こんなにも人気者なんだ)

※璃青待ちの沢山の女子を見て、茉白の胸がチクリと痛む。


それからしばらくして、学校に璃青がやって来る。


女子1「あっ、来たわよ!」
女子2「キャーッ、璃青く〜ん♡」


璃青の姿が見えた途端、女子たちのキャーキャーとした黄色い歓声が上がる。
(※女子の目はみんなハート)


女子1「おはよう、相沢くん」
璃青「……」


ファンの子が彼に近づいて声をかけるも、璃青は無反応。


女子2「あの、璃青くん。良かったら、これ……食べてください」

璃青に、可愛くラッピングされた手作りお菓子を差し出す女子。

璃青「……いらない」


自分を取り巻くファンの女子から次々と手紙やお菓子を差し出されるも、璃青はそちらを一切見ることなく全て無表情で冷たく断る。


その様子を見た茉白は、あんぐりと開いた口が塞がらない。


璃青「ていうか君たち、俺にあんまり近づかないでくれる?」※鋭い目つきでファンを睨む。


茉白(えっと……あそこにいるのは、誰ですか?)


さっきの家での璃青とのあまりの違いに驚き、茉白は思わず固まってしまうのだった。