○4月上旬・とある空港
空港の滑走路から青空へと向かって、飛行機が飛んでいく。
空港内を、スーツケースを引きながら歩くひとりの女子高生。
片瀬 茉白 : 黒髪ストレートのロングヘアで、黒目の純日本人。小柄で小動物っぽい、可愛らしい雰囲気。
この春から高校2年生の16歳で、6歳の頃から親の仕事の都合で10年間アメリカに住んでいた。
※茉白の両親は同じ会社で働いており、二人ともこの4月にアメリカから日本に転勤が命じられたが、仕事でトラブルが発生したため帰国が1ヶ月遅れることに。
学校の都合で、茉白だけ先に日本に戻る。
茉白(久しぶりの日本だけど、新しい高校で素敵な出会いがあるかな?)
茉白(せっかく日本に戻ってきたんだもん。)
(私も、日本の少女漫画みたいな恋がしたいー!)
漫画みたいな恋に憧れる茉白のスーツケースの中には、少女漫画がギッシリ。
○空港の外(昼過ぎ)
茉白「はぁ、帰ってきた日本〜!」
空港の外に出た茉白は立ち止まり、青空の下で思いきり伸びをする。
茉白「そういえば、リオちゃん元気かな?」
空を見つめながら、ふと昔の友人のことを思い出し茉白は目を細める。
〈回想〉※10年前・茉白の幼稚園時代
茉白モノローグ『リオちゃんとは、お母さんの友達のお子さんで、幼い頃に何度か一緒に遊んでいた』
○住宅地のなかの小さな公園
リオ『しーちゃん、待ってーっ』
公園で、幼い茉白のあとを走って追いかけるリオ。
リオ : 肩まである茶色がかった髪に、子どもながらに整った綺麗な顔立ち。左の目尻に泣きぼくろがあり、いつもクマのぬいぐるみを持っている。
※子どもの頃の茉白は、ツインテール。
茉白モノ『私のことを、いつも“ しーちゃん ” と呼んでくれて。リオちゃんは、すごく可愛い美少女だった』
茉白がリオとおままごとをしたり、公園のブランコで一緒に遊んだりする絵。
茉白モノ『リオちゃんとは家が近所でなければ、同じ幼稚園でもなく。遊んだのは数えるほどだけだったけど、私たちは仲が良かった』
○後日。空港・国際線ターミナル(昼過ぎ)
リオ『しーちゃん、これ……』
親の転勤で、アメリカに行くことになった茉白。引っ越し当日に、母と見送りに来たリオが水色のハートのキーホルダーを茉白に渡す。
子ども茉白『わぁ、可愛い』
リオ『これ、リオとお揃いなんだよ』
茉白と同じハートのキーホルダーを見せ、リオが歯を見せる。
子ども茉白『嬉しい。ありがとう! でも、なんで水色?』首を傾けて。
リオ『ママに聞いたら、しーちゃんの名前には、白って字が入ってて。リオの名前には、青が入ってるらしいから。白と青を混ぜると水色になるでしょ?』
茉白の顔が、パッと明るくなる。
リオ『だから、遠く離れていてもリオたちはいつも一緒ってことだよ』
子ども茉白『うん!』
それぞれのハートのキーホルダーを、カチンとつき合わせる二人。
リオ『リオは、しーちゃんのことが大好き。だから……次に日本に戻ってきたときは、ずっと一緒にいようね』
そう言って目に涙を浮かべるリオと茉白は、小さな小指を絡ませて指切りをした。
〈回想終了〉※現在に戻る。
茉白モノ『娘の一人暮らしは心配だからと、両親が日本に帰国するまでの1ヶ月間、私は母の友人の家でお世話になることになった』
○とある住宅街
茉白「うわぁ、懐かしいーっ」
母の友人宅(リオの家でもある)へと向かう途中、小さな公園の前で茉白は足を止める。
茉白(ここで、リオちゃんと何度か遊んだなぁ)
幼い茉白とリオが公園で仲良く遊ぶ絵。
茉白は、しばらく公園の満開の桜の木と遊具を眺めて昔を懐かしんだあと、スーツケースを引いて再び歩きだす。
男「あの……!」
歩いている途中で同年代くらいの男子とすれ違った際に、茉白は突然声をかけられた。
茉白「はい?」
茉白が後ろを振り返ると同時に、ふと強い風が吹いて、一面にピンク色の花弁が舞う。
茉白(わぁ。まるで、結婚式のフラワーシャワーみたい)
茉白が振り返った先には長身のイケメンが立っており、しばらく見つめ合う二人。
男の容姿 : 光に照らされて輝くサラサラの茶色の髪。黒目がちな大きな瞳に、スッと高い鼻。左の目尻には、泣きぼくろがある。
茉白(ていうかこの人、すごくかっこいい……!)
茉白(これは、リアル幸人くんじゃない!?)
今ハマってる少女漫画のヒーローに似た彼を見て、興奮が抑えられなくなる茉白。
男「えっと、あの。これ、落ちましたよ」
彼の手には、昔リオからもらったキーホルダーの水色のハートのチャームがあった。
慌てて茉白がスーツケースの持ち手を確認すると、そこにはキーホルダーの金具しかついていなかった。
茉白「あ、ありがとうございます! 幸人くん……」
男「え、幸人?」
茉白「わわっ! 私ってばつい、漫画のキャラの名前を……す、すみませんっ!」
彼に勢いよく頭を下げる茉白。
男「……なんだ。幸人って、彼氏の名前かと思ったら、漫画のキャラクターか」くすりと笑う。
茉白「え?」
男「ううん。どういたしまして。それじゃあ」
茉白に落とし物を渡すと、ヒラヒラと爽やかに手を振り去っていく男。
茉白は頬を赤らめながら、しばらくポーッと彼の後ろ姿を見つめていた。
○母の友人宅・相沢家。
ツートンカラーの外壁と、片流れ屋根が印象的な外観の二階建て一軒家。
紫「いらっしゃい、茉白ちゃん」
玄関先で、母の友人・紫が出迎えてくれる。
相沢紫 : 茉白の母の学生時代の友人で、リオの母。ウェーブがかった髪をひとつに束ねている。
紫「久しぶりね、茉白ちゃん。しばらく見ない間にすっかりお嬢さんになってぇ」
茉白「おば……」
茉白(おばさんと言うのは失礼かな)
茉白「ゆ、紫さんも10年前と変わらずお綺麗です」
茉白(さすが、美少女リオちゃんのお母さん)
紫「まあ、茉白ちゃんったらお世辞が上手なんだから。さあ、上がって」
○相沢家・リビング
観葉植物やオシャレなインテリアが並ぶ。
紫に案内されてリビングに入るとそこには誰もおらず、茉白はキョロキョロ。
茉白「あの。リオちゃんや他のご家族は?」
紫「ああ。夫は今単身赴任中で、リオも今日は仕事で家に帰らないのよ」
茉白「仕事?」
紫「茉白ちゃんは、アメリカにいたから知らなくて当然よね。実はあの子、ファッション誌のモデルをしてるのよ」
茉白「えっ、リオちゃんがモデル!? すごーい」目を丸くし、口元を両手で覆う。
茉白(リオちゃん、10年前もあれだけ可愛かったから。モデルさんになっているのも頷ける)
頭に、長身でスタイル抜群の綺麗な女性像を思い浮かべる茉白。
紫「今日は、地方で泊まりの撮影があってね。リオ、さっき家を出て行ったところなんだけど……。茉白ちゃん、途中であの子に会わなかった?」
茉白(最寄り駅を出てから家に来るまで、リオちゃんっぽい女の子とは会わなかったはず)
茉白「いえ……」
紫「まあ、そのうち会えるわよ。しばらくはここが我が家だと思って、遠慮なく過ごしてね」
茉白「ありがとうございます」
○翌朝。高校の校門近く(通学時間)
1学期初日。高校に登校する茉白。
※転校初日でもあるため、少し緊張した面持ち。
高校の制服 : 青と白のチェック柄のネクタイ。(※男女共通)
紺色のブレザーと白シャツ。女子は紺色のスカート、男子は紺色のズボン。
男の声「あっ。ねえ、何か落ちたよ」
茉白が校門をくぐり抜けて歩いていると、後ろから男子に声をかけられる。
茉白(こういうとき、もし漫画なら昨日のイケメンさんとここで再会したりするんだよね)
茉白の脳内には、昨日落とし物を拾ってくれた彼の姿が。
茉白(「あっ、君は昨日の……!」なんて言われて。そこから、イケメンさんと恋が始まっちゃったりして……えへへ)
ひとり妄想しニヤけながら振り返ると、昨日の彼とはちっとも似つかない黒髪メガネ男子が立っていて、思わず固まる茉白。
メガネ男子「これ、君の?」
花柄のハンカチを差し出す。
茉白「Yes. Thank you……いや、ありがとうございます」
茉白(いけない。ここは、アメリカじゃなく日本!)(気を抜くとつい英語で言っちゃうところ、直さなくちゃ)
○2年2組の教室・朝礼前
陽彩「あっ、茉白〜!」
自分のクラスを確認し茉白が恐る恐る教室に入ると、すぐにこちらへと駆け寄ってきたひとりの女子。
斉藤 陽彩 : 茉白が幼稚園の頃からの友人で、クラスメイト。お団子ヘアがトレードマーク。
茉白がアメリカにいる間も、文通などして時々連絡を取り合っていた唯一の女の子。
陽彩「久しぶりだね、茉白ーっ!」
ぎゅうっと抱きしめてくる陽彩に、茉白は嬉しくも少しだけ苦しそう。
茉白「日本の学校に通うのは初めてだから、不安だったけど。陽彩が同じクラスで安心したよ」
陽彩「そっか。茉白、小学校からずっと海外だったもんね」
茉白「うん。前から気になっていたんだけど、陽彩はどうしてこの高校に通ってるの?」
茉白(私は、実家と相沢家のちょうど中間地点にあるのがこの学校だったからだけど)
陽彩「ふふふ。それは、もちろん……推しが通ってるからよ!」
茉白「推し?」
陽彩「そう! この高校には普通科の他に、芸能科があるんだけど。そこに、あたしがここ数年一番応援しているモデルのリオくんが通ってるの」
陽彩が茉白にスマホを見せてきて、そこに表示された画像を見た茉白はハッとする。
茉白「この人……」
茉白(帰国したあの日。私が落としたハートのキーホルダーを拾ってくれた、あのイケメンさんにそっくり)
陽彩「茉白? どうしたの?」
急に黙り込んだ茉白を、陽彩が不思議そうに見る。
茉白「いや。この人、かっこいいなって思って」
陽彩「でしょでしょー?」
ニコニコしながら、スマホの他の写真も茉白に見せる陽彩。
茉白(もしかしたらこの間の人と似ているだけで、人違いかもしれない)
(だって、あんな住宅街で芸能人と会うなんてことはないもんね)
○放課後・学校の廊下
この日は午前中に学校が終わったため、茉白は陽彩に校内を軽く案内してもらっていた。
陽彩「あっ、茉白待って。ストップ!」
茉白「え?」
茉白は後ろから、ブレザーの裾を陽彩に引っ張られる。
陽彩「ここから先は行ったらいけないの。ほら、見て」
茉白の足元には、金色の太い線がある。
陽彩「校内のこの金色の線から向こうは、行ったらいけないのよ」
茉白「へ?」
陽彩「この線の先には、芸能科の教室があるから。普通科の子は、このラインから向こうに行ったらいけないっていう決まりがあるの」
茉白「そうなの!?」
陽彩「まあ、学校側からしたら、芸能人に気安く近づいたらいけないってことなんでしょうね」
茉白「なるほど」
茉白(芸能人の子たちもきっと、学校でくらいは落ち着いてゆっくり過ごしたいよね)
陽彩「ちなみに、普通科と芸能科との共有スペースは、グラウンドと体育館。あとは、図書室と保健室くらいかな」
茉白(……まあ私は陽彩みたいに、ここの芸能科に自分の推しが通っているってこともないし)
(慣れない日本での学生生活を、平和に楽しく過ごせたらそれでいいや)
○相沢家の玄関先・夕方
茉白「紫さん、ただいま帰りましたー」
昼食も兼ねて陽彩とカフェでお茶をしたあと、茉白が帰宅すると、玄関には初めて見る男性ものの黒靴があり首を傾げる。
茉白(誰? もしかして、おじさんが帰って来てるのかな? もしそうなら、挨拶しないと)
茉白がリビングのドアを開けると、紫と向かい合って誰かがソファに座っていた。
こちらに背を向けて座っているため、茉白からは顔が見えない。
紫「あっ、茉白ちゃん! おかえりなさい」
すると茉白に気づいた紫に反応するかのように、背を向けていた人が茉白のほうへと振り返った。
茉白「えっ、うそ。あなたは……!」
それは、先日茉白のハートのキーホルダーを拾ってくれたイケメンだった。
茉白を見た途端、笑顔になった彼が茉白に近づく。
男「やっぱり君……“ しーちゃん ”だったんだ!」
彼は、嬉しそうに茉白の右手を両手で握りしめてくる。
男「久しぶりだねえ。10年ぶりかな?」
茉白の右手を、笑顔でブンブン振る。
茉白「えっと、あの。紫さん、こちらの方は……?」戸惑いながら。
紫「あら。もしかして、茉白ちゃん分からない?」「この子が、モデルをやってるって話してた璃青よ。我が家の息子の、相沢璃青!」
茉白「は、え……む、息子……!?」
リオに握られていないほうの左手に持っていたスクールバッグを、床に落とす茉白。
茉白「嘘。リオちゃんって、女の子だったんじゃ……」
紫「やあだ、茉白ちゃん。璃青は、生まれたときからずっと男よ」
茉白(う、うそ……!)
あまりの衝撃に、開いた口が塞がらない茉白。
茉白(今までずっと女の子だとばかり思っていたリオちゃんが、実は男の子だったなんて。)
茉白(Oh no……なんてこった……!)
紫「あの頃のリオは髪も長くて、中性的な顔立ちだったから。もしかして、勘違いさせちゃったのかしら? だって璃青、当時は女の子よりも可愛かったものね。うふふ」
璃青「まさか俺、しーちゃんに女だと思われていたなんて」苦笑い
茉白「ご、ごめんなさい……」
璃青「いいよ、気にしないで」
優しく微笑みながら、茉白の肩にぽんと手を置く。
璃青「俺、あれからずっとしーちゃんに会いたくてたまらなかったから。やっと会えて嬉しいよ。これから1ヶ月、よろしく」
璃青が改めて片手を差し出すも、すぐにその手を取れずに、茉白は璃青から視線をそらす。
茉白( “ リオちゃん ” は、まさかの男の子で。しかも芸能人で。友達の陽彩の推しでもあるわけで。)
茉白(そんな彼と私が……これから1ヶ月ここで一緒に暮らすの!?)
ついにキャパオーバーした茉白は、床に膝から崩れ落ちる。
紫「ちょっと、茉白ちゃん!?」
璃青「しーちゃん、大丈夫!?」
※二人の声は、茉白の耳に届いていない。
茉白(まさか、日本で同い年の男子と一緒に暮らすことになるなんて、予想だにしていなかったよ。)
茉白(ああ……これからの私の1ヶ月、どうなるんだろう)