翌日。
いつも通り向かった生徒会室は、何やら騒がしかった。
「え、何。もしかして1人で文化祭の準備してんの? ウケるんだけど。渡里は?」
「梁瀬……」
私は生徒会室の隣にある音楽室に入って聞き耳を立てる。
会話を聞く感じ、部屋にいるのは…長谷田先生と梁瀬先輩の2人かな。
梁瀬先輩が生徒会室に来たのは、かなり久しぶりだ。
「ねぇー、メンバーが誰も仕事しないと大変でしょ? 私と付き合ってくれたらしっかり仕事をするって言っているんだからさ、いい加減折れなよ」
「折れねぇよ。大体、付き合うことと生徒会の仕事を放棄するのはイコールじゃないんだわ。お前会長なんだから、責任感持ってくれって言ったろ…」
「はぁ? 責任感? ちゃんと会長挨拶はしてるんだから、それで良くない?」
…とんでもない話が聞こえてくる。
驚きすぎて、足の力が抜けた。
「良くねぇよ。…梁瀬、お前が他の7人に生徒会放棄しろって言ってんだろ。それだけは取り消せよ」
「えぇ? しないよ。良いじゃん、使える渡里がいるんだから。本当は渡里にも放棄させて、先生を1人にして困らしたかったんだけどね。アイツ、生意気に反抗したから。先生側に残しといたよ。でも結果オーライかな? 1人で全部やってくれるからさ、生徒会としての評価は上がるし。私も褒められて気持ちいいし」
その言葉に心臓が激しく跳ねる。
待って。
もしかして…。
ゴールデンウィーク明けの頃。
ある日突然、生徒会室に誰も来なくなった。
不思議に思いつつ、誰か来ると信じて待っていると…梁瀬先輩が来た。
「渡里ちゃん。何も理由は聞かないで欲しいんだけどさ。今日から生徒会の仕事を放棄しようよ。それで長谷田を困らせるんだよ」
そんな梁瀬先輩の言葉。
当然だけど、全くもって理解できなかった。
私、生徒会の活動がしたくて入ったのに…放棄?
どういうこと?
そう思って、言ったんだ。
「私、生徒会の活動がしたいです。申し訳ございませんが、放棄はできません」
…すっかり忘れていたけれど。
その翌日から私は、生徒会室に1人になっていたのだった。
「いやぁしかし。先生が渡里に厳しく接するのも面白いわ。私の言う通り、楽しませてくれてありがとうね」
「…そうしないと。根も葉も無い嘘、言いふらすんだろ」
「そう。長谷田先生に襲われた~とかね。先生が付き合ってくれたらこんなこともしないのに。先生の都合に巻き込まれた渡里も可哀想!」
「……付き合うわけねぇだろ。ホント、馬鹿なことしているなって感じ」
「だけど、私の言いなりになって渡里に厳しく接しているってことは、嘘を流されて自分の名誉が傷付くよりも、渡里が傷付く方が良いってことだもんねー。私、知っているよ。先生に何を言われても、渡里が本当に頑張って仕事してくれていること! 有難いよね、どんな仕打ちされてもめげずに頑張ってくれているんだから!!」
…何それ。
私って、梁瀬先輩と長谷田先生のつまらないことに巻き込まれていたってこと?
「まぁいいや。先生が変わらず付き合う気が無いなら、私もみんなも生徒会に戻らなーい。文化祭、会長挨拶はするから。後は宜しくね? 楽しみだなぁ文化祭!!」
「……梁瀬…」
梁瀬先輩のスキップするような軽い足音が、段々と遠ざかっていく。
静かになった生徒会室からは、大きな溜息が聞こえて来た。
溜息が出そうなのはこっちだよ。
衝撃が大きすぎて、涙も出てこない。
私はゆっくりと立ち上がって、生徒会室に向かう。
先生は、椅子に座って頭を抱えていた。
「………先生」
「……え、渡里…」
私の姿を見た先生は、ひどく驚いた顔をしている。
「お前、聞いて……」
「……………何も。………何も、聞いていません」
震える声でそう呟くように言い、部屋に入る。
そして、棚に置いてある鎌とゴミ袋を取って、生徒会室から飛び出した。
「わ、渡里!!!!」
名前を呼びながら先生は飛ぶように立つ。
しかし私はそんな先生を無視して、昇降口に向かって走った。