「でも、父さんは……ヴァイオリニストの父はそれを許してくれませんでした。僕と春陽が同一人物だと悟られてはいけないから、と長男である僕にだけ、ヴァイオリニストとしての道を進ませようとしました」

秋斗くんはゆっくりと視線を私に向けて、どこか苦しそうに続けた。

「とはいえ、春陽の時も楽譜と向き合っていたので、父はきっと、僕たちにそれ以外の人生を選ばせる気など、毛頭なかったと思います」

それ以外の人生を選べない。
それはきっと、癒えない傷。
星は、常に輝いているわけではない。

「…………」

秋斗くんの表情は浮かない。

もし、ここで秋斗くんの手を無理にでも引っ張って、行き先も未来も決めないまま、無我夢中に走っていけば、秋斗くんの心を覆う暗雲を振り払えるのだろうか。
でも、私にはその勇気がなくて……肝心の言葉は出てこない。

「父は、父の求める音を出さなければ、僕の演奏を認めようとしませんでした。――それでもさ、俺にとって、ヴァイオリンは特別だったんだよなー」
「あ……」

突然の口調の変化とともに。
春の日だまりのような――春陽くんのような、にんまりとした笑みを見せた秋斗くんに、私の心臓が早鐘を打つ。

「何よりも大切だったから。俺が……いや、僕がヴァイオリンを手放さなかったのは好きだったからです」

そう言い切った秋斗くんは、これ以上となく美しく微笑んだ。

――あまりにも眩しいと感じた。

私の誕生日プレゼントのサプライズで、ヴァイオリンを弾いた彼が。
ひたむきでまっすぐで、ただ純粋に美しいと思った色を奏でる彼の姿が。
そして、今、美しく微笑んでいる彼の横顔が。
息苦しくて、どこまでも胸に響く。

「私は、秋斗くんのヴァイオリンの演奏が好きだよ。だって――」

私は何かに突き動かれるように、強い眼差しで明瞭に言った。
あの公園で聞いた秋斗くんの演奏は、言葉では言い表せないくらい、すごく胸に語りかけてくるものがあったから。

「秋斗くんの演奏は、私にとっても特別だから」
「篠宮さん、ありがとうございます」

心まで暖かくなったと言う秋斗くんの顔を見て、私の心に更なる幸せの笑みが灯った。

「しずちゃん、いいなー。わたしも早く、あきくんの演奏、聞いてみたいなー」

私たちの会話を聞いていたねねちゃんは胸に手を当てて、穏やかな声音で続ける。

「だって、あきくんのこと、もっともっと知りたいもん」
「うん。私も秋斗くんのこと、もっと知りたい」

ねねちゃんの言葉は心に染み渡り、同時に私の背中を押した。
ずっとずっと心の奥底に閉じ込めていた言葉が心の端から流れ出す。

「あの時の告白の答えが知りたいから……」

思い出すのは、秋斗くんの演奏を初めて聞いた夕暮れの公園。
春陽くんと秋斗くんが笑顔で過ごせる『明日』を、私はこんなにも心待ちにしている。

願いを込めて。想いを込めて。
ずっと、ずっと……。