『九条様、お引越しは終わりましたか? 何かお困りの事はございませんか?』

スマートフォン越しに鈴木さんの明るい声が響いた。
今日が引っ越しだと伝えていたから、心配してくれたんだ。

「おかげ様で、問題なく引っ越しも終わり、今の所は困った事もありません」
『さようでございますか。大家様から九条様に伝言を預かっております』

えっ、先生から伝言?

『隣の部屋からは引っ越したから、心配する事なく九条様には暮らして欲しいとの事です』

引っ越した……。

「引っ越したって、大家さんが?」
『はい。先週引っ越されました。ですから、九条様、大家様と顔を合わせる事はございませんから、心配なさらないで下さい。困った事があれば私にお申しつけ下さい』

先生が引っ越した……。嘘……。

『九条様?』

黙っていると心配するような鈴木さんの声がした。

「あっ、はい。わかりました。ありがとうございました」

スマートフォンを切った瞬間、胸が締め付けられる。

先生が隣にいないと聞いて、自分でも驚く程、動揺している。なんだかんだ言いながら、先生の隣で暮らす事を楽しみにしていたのかもしれない。ああ、本当に私は素直じゃない。全部、自分がぶち壊した。先生に腹を立てた自分が嫌になる。

――九条さんは僕を好きにならないでしょう。

先生の言葉を思い出して目の奥が熱くなる。
ピカピカのフローリングに崩れるように座って、涙が床に落ちるのを見た。
その瞬間、自分の気持ちがハッキリとわかった。

先生に対する恋心は学生の頃の気持ちだから、先生と距離を取れば忘れられると思っていたけど違った。

全然、忘れられない。気持ちを抑えられない程好きだ。

先生、なんで引っ越したの。
先生に会いたくて胸が苦しいよ。