「北沢海人の愛人になるんですか?」
「なりません。先生はそういう事をする人じゃないと信じていますから」
「西園寺詩織と別れられると思っているんですか?」
「先生が別れられると言うなら、先生を信じます」
「バカな人だ。北沢海人にいいように利用されているのがわからないんですか?」
「先生は私を利用するような人じゃありません。先生を悪く言うのはやめて下さい」

睨むと、南係長が驚いたように眉を上げた。

「九条さんのお気持ちはよくわかりました」

南係長がフッと微笑む。

「あなたは、か弱い人だと思っていたけど、違うんですね」

笑いそうになった。
私の何を見てそう思ったんだろう? 

「全然か弱くありませんよ」
「今わかりました。意志の強い人だ」

ガタッと南係長が立ち上がる。

「そう言えば、北沢海人は北沢不動産の役員を辞めたそうですよ。西園寺グループとの業務提携の話がなくなった責任を取っての辞任だと聞きました」

業務提携が無くなったという事は……。

「あなたの為に北沢不動産を捨てるとは思いませんでした」
「それって、まさか」
「西園寺詩織との婚約が無くなったと考えるのが自然でしょうね」

コーヒーを持った南係長が背を向ける。

「九条さん、お幸せに」

歩き出した背中が寂しそうに見えた。

「南係長!」

思わず声をかけた。
ピタッと南係長が立ち止まる。

「ありがとうございました」

私を好きになってくれたお礼が言いたかった。
私の言葉に応えるように南係長が手を挙げ、バイバイと手を振った。
その姿が胸を締め付ける。

どうか南係長が素敵な人と出会えますように。
小さくなる背中にそう願った。