「お待たせいたしました」

大きなダイニングテーブルの向かい側に既に男性が着席しているのを見て、クリスティーナは膝を曲げてお辞儀をした。

「やあ、これは見違えたな。先程お会いした時のピンクのドレスもお似合いだったが、これはまた気品溢れる大人の女性の雰囲気だ。とても美しい」
「もったいないお言葉をありがとうございます」
「そうかしこまらないで。さあ、どうぞ」
「はい、失礼いたします」

ロザリーが引いてくれた椅子に、クリスティーナはそっと腰を下ろす。

「えっと、アンジェ、といったかな?」
「左様でございます、殿下」
「まずは乾杯しよう。二人の出会いに」

乾杯、とグラスを掲げてから口をつける。

そしてようやくクリスティーナは王太子の顔を見てみた。

さらりとした黒髪を後ろに流し、爽やかな笑みを浮かべている王太子を、クリスティーナは思わずまじまじと見つめる。

(私、勝手にひ弱で世間知らずのおぼっちゃまを想像していたけれど、これはいわゆる美男子と呼ばれる部類では?)

女である自分を用心棒にするくらいだから、と勝手な先入観を持っていたが、目の前にいる王太子は女性を優しく扱うスマートな男性の印象だ。

(おいくつだったかしら?まだ二十歳そこそこ?こんなにも容姿端麗なら、さぞかしモテるでしょうね。ましてや王太子様ですもの。世の令嬢は放ってはおかないでしょう。一体、どんな女性と結婚なさるのかしら。それとも政略結婚?)

想像が膨らみ、王太子が話しかけてくる内容が頭に入ってこない。

「聞いてる?アンジェ」
「あ、はい!聞いております」
「そう?なんだか心ここにあらずって感じだけど」
「決してそのようなことはございません。ただ少し、緊張しておりまして…」

咄嗟に嘘をつくと、ああ、そうなんだ、とあっさり信じ込まれた。

「まあ、出会って間もないしね。これからゆっくり時間をかけて、お互いの距離を縮めていこう」
「はい」

頷いたものの、クリスティーナは心の中で首を傾げる。

(偽りの花嫁候補なのに?親しくする必要なんてないのに。あ、そうか!これも敵を欺く為の演技なのね)

一人で納得し、自分も頑張って演技しなくては、とクリスティーナは密かに意気込んだ。