「ミエーレ殿下、こちらに。……ミエーレ殿下?」


多分触れていない方の手で先を示してくれている。でも、こちらにも何も、見えないのでどちらの話なのか分からない。


「……歩けますか」


極限までひそめた声が、耳元で落ちた。


配慮の行き届いた人だわ、とぼんやり思う。


王子が一人で迎えに来るとは思えない。おそらく、周囲を固めている人々に、こちらが困っていると伝わらないよう、聞こえないようにしてくれたものと思われる。


わたくしにとっての暗闇は、この国の人々にとっての昼間。ごく普通の明るさを歩けないなんて、夜の国にふさわしくない。

初めからそう思われては、わたくしはこの国でうまくやっていけないでしょう。


正直なところ、足が震えている。普段歩かないうえ、何も見えないと来ては、歩けるはずがない。けれども、歩けないなどと迷惑極まる。


こちらが固まったのを、アステル王子は笑わなかった。


「アマリリオ王国は我が国と最も遠い国。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。長旅でお疲れでしょう」


疲れから固まっていることにしてくれるらしい。


周囲に聞こえる大きさで言うと、短く「失礼」と再度低くひそめた断りを入れ、横抱きにされた。


「殿下……!?」

「至らず申し訳ありません。お部屋までご案内しますので、どうぞこのまま」


低めた声が小さく耳打ちする。


大きな歩幅、穏やかな揺れ。顔を見知らぬ未来の夫から、やはり知らない花の香りがした。