遠くで、カツ、と何かが鳴った。


とてもゆっくりとして規則的な音は、足音だと思われた。ゆっくりゆっくり、誰かがこちらに向かってくる。

貴人に珍しく音高いカツ、カツ、という靴音は、おそらく意図的に立てている。


今この場でわたくしに声を掛けるのにふさわしいのは、夫となる第二王子殿下であり、そんなお方がバタバタドタドタ歩くとは思えない。

前の見えないわたくしを気遣って、遠くからでも聞こえるようにしてくださったのだと思う。


足を引きずるような怠惰な音ではなく、かかとを落とす乱雑な音でもなく、狙いすましたと(おぼ)しき控えめで確実な音がする。


「失礼」


しばらく待って、近くで、低く落ち着いた声がした。


「アマリリオ王国、ミエーレ第二王女殿下とお見受けいたします。私はオルトロス王国第二王子、アステルと申します」


ハッと頭を下げる。どうやらやはり、本人が自ら迎えに来てくれたらしい。


「ご挨拶をありがとう存じます。ミエーレ・アマリリオにございます」


お初にお目に掛かります、と、どうぞよろしくお願いいたします、のどちらを言うか迷って、どちらも言っておく。挨拶は丁寧に越したことはない。


「お初にお目に掛かります。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします、ミエーレ殿下」


普通なら、お会いできて光栄ですまで続くのだけれど、夫に光栄はおかしいだろうかと、お会いできて嬉しいですと返しておいた。


「私もです。ミエーレ殿下、お手を取ってもよろしいですか」


はい、と頷いたものの、差し出された手らしきものが見えない。ひとまずお礼を言ってみる。


「ありがとう存じます。お恥ずかしながら、わたくしにはよく見えませんの」

「失礼。触れても?」

「ええ」


頷きとほとんど同時に、するりと手を取られた。跳ねそうな指先を、無理矢理抑えて重ねる。


……怯えていると思われてはいけない。わたくしは友好の証、嬉しそうに嬉しそうに嬉しそうに。


心の中で必死に唱える。