「……立派なあなたに、考え直してちょうだいなんて、言わないわ。でもどうか、大事なわたくしの娘であることを忘れないでね。あなたと別れるのは、寂しいわ」

「わたくしもです、お母さま」


しずしずと後ろに控えるのが常のお母さまが、こちらを呼び止めた。別れの挨拶だと、分かっていた。


ソレイユお姉さまは嗄れに嗄れた声でこちらを呼び、ぎゅうと抱きしめ、乱れた呼吸で言葉にならなかった。お姉さまはお優しいから、罪悪感があるのかもしれない。


「おねえさま……」


ぐすぐすと途切れる高い声は、ヘリアンサスね。

かわいい妹は、まだ幼い。わたくしの結婚が、家族と初めての別れになる。


「おあ、お相手のアステル殿下はっ、梟のような方と聞いています! わたし、わたし……!」

「あら、心配いらないのよ、ヘリアンサス。アステル殿下は、ぜひわたくしのお相手にと立候補してくださったんですって」


ヘリアンサスを探して差し出した指先を、捕まえるようにきゅうと両手で握られた。


小さな妹の小さな手を、そっと自分の両手でくるむ。この国の子ども特有の、太陽みたいに高い体温。


「きっとお優しい方だわ。だから、心配しなくっていいのよ」


侍女は連れて行かない。友好の証として、オルトロス王国に早く馴染みたいという姿勢は重要である。

何より、黒を怖がるこの国に、夜の国までついていけるような貴族女性はいない。


身ひとつで、暗がりにゆく。心細くもあったけれど、この眩しすぎる国を出られることが嬉しくもある。


迎えの馬車に揺られ、揺られ、揺られ、半年をかけて、大陸の反対側、オルトロス王国に到着した。