身代わり同士、昼夜の政略結婚

「ミエーレ殿下、害されると思ったのなら、すぐに逃げなくては。呑気に花を挿されている場合ではありません」


きりっとした顔をつくった殿下が真面目な声色で話を変えるので、こちらも真面目に受け答えをする。


「確かに害されるのかもしれないとは思いましたわ。でも、殿下なら、何かそうしなければいけない理由がおありなのだと思いましたの」

「だから逃げないと? 私の婚約者殿は、少々肝が座りすぎていて心配です」

「あなたの婚約者だからですわ。殿下を信頼しているとおっしゃってくださいませ」


わたくしは、オルトロス王国に骨をうずめる覚悟で参りましたのよ。


正直に説明したのに、「おや、嬉しいですね」とくつくつ笑う殿下があまりに本気にしていなかったものだから、思わず言い募った。


「わたくし、殿下の婚約者になれたことを、本当に嬉しく思っております。こちらに来てから、おかげさまでとても楽しいのです」


出歩ける、というのは、それだけで嬉しい。

わたくしはこの国では暇を持て余さなくて済むし、初めて知ることがたくさんあるし、何より痛みに耐えずに済む。


「私は、私の婚約者があなたでよかったと思っています」

「だいぶ暗がりに慣れましたものね。他の姉妹ではこうはいかなかったと思いますわ」

「もちろん、我が国を一緒に楽しめるのは嬉しいですよ。ですが私は、あなたの懸命さをこそ、得難いものに感じます」


ふ、と低い吐息。するりと手を取られても、もう指先は跳ねない。


わたくしがベールをかぶっている都合上、案内の道すがら、何度も手を取られた。わたくしより低い体温が重なるのを、もう何度も経験している。


でも。


「……殿下」

「ミエーレ殿下」


優しく引き寄せられるのは、まだ二度目だった。