今は誰にも顔を見られたくなかった。
…でも、私に与えられた仕事をしない訳にはいかない。
「…しっかりしないといけないよね。」
まずはどこから掃除しようかな…
圭さんの作ってくれた表を見た。
『姫乃梨々さん 〜仕事表〜』
・『圭の部屋』
・『蓮の部屋』
・『リビング』
・『その他』

“『蓮の部屋』”

…っ…でも、
…蓮さんの部屋には、入りたくないな…。
いるだけで迷惑なのに、部屋に入られたらもっと迷惑だよね…。
『お前、誰?』
『“部外者”は帰れ』
蓮さんの冷たい言葉を思い出したら、また涙が込み上げてきた。
「ーっ…」
私っ、弱すぎる…。まだお母さんのこと、引きずってるのかな…。
でも、私はこれ以上泣く訳にはいかない。
…お仕事をするためにここまで来たんだからー。

っ、とりあえずリビングから…
ちょっと散らかっちゃってる…とりあえず整理,整頓しよう。
私は片付け好きだから、こんなちょっと散らかってる程度、すぐに終わらせられるはず‼︎

…よしっ‼︎リビングは終わった‼︎
次は…その後は…



…あと蓮さんの部屋だけ…。
うぅ〜。怖すぎるっ…あの冷たい目を思い出すだけでも全身がゾワワーってしちゃうよ…。
ちゃんとノックして…
コンコン…
「失礼しますっ…清掃に参りましたっ。」
「…。」
蓮さんは無言のまま壁際に寄った。何も言われなくて良かった〜っ。


静かな部屋に、掃除機の音だけが鳴り響いた。

ようやく蓮さんが口を開いた。
「…おい」
…ビクッ‼︎
「は、はいっっ…⁉︎」

「お前、名前は…?」
えっ…⁉︎突然…?
「姫乃…梨々…ですけど…」

「…梨々、さっきは悪かった。」

…ん?いきなりの謝罪…⁉︎
「…い、いや、別に気にしてないので大丈夫です…。」

「お前…」
…?
「…泣いてただろ。」
「ーっ‼︎」

なんで…知ってるの…?
…っ、あのこと思い出したらまた涙が…っ…。
「…何が大丈夫なんだよ。全然大丈夫じゃねーじゃん。」
「ーっ…す…みま…せ…ん…っ…」


「っ…れん…さん…は…わ、たし…の…ことっ、き、らい…なんですか…?」

っ、こんな事聞かれても困るよね…
「…いや…嫌い、なんじゃない。…ただ、俺の周りにいた女は言い寄ってきたり、付き纏ってきたりして、鬱陶しかったから…お前も…そうだと思った。…でも、お前は違った…。勝手に思い込んで、悪かった。」
「…ぐす…っ、困りますよね…。泣いてしまって、すみません…。もう部屋から出ていくので…ごめんなさい…。」
「…待て」
…え、?
蓮さんは、私の腕を掴んだ。
「…泣き止むまで、ここにいろ。気持ちが収まるまで泣けばいい。」

「そ、そんなのダメですよ…」

「…そうか。」
ううっ…。せっかく気合いで涙止めたのに、そんなに目で見られたら部屋に戻れなくなっちゃうよ…。
でもっ、
「っ、やっぱり、お言葉に甘えさせていただきます…。」

私は、幼い頃の記憶を蓮さんに話した。
「私、5歳の時に母を亡くしたんです。母の顔は薄っすらとしか覚えていなくて…。交通事故で、目の前で車に轢かれて…っ、私は、っ…ただ血を流す母を見ている事しかできなかった…っ。その後、…立ち直れなくて、…そんな時、”ある男の子“に出会ったんです。その子は、同い年で、沈んでいる私の話を何も言わずに聞いてくれました。そして、私を笑顔にしてくれました。でも、父の仕事の事情で引っ越すことになって…。その子に会えなくなってしまったんです。唯一の心の支えが無くなってしまって…っ、私っ…わたし…‼︎」
「…そうか。そんな辛い過去があったのか…。すまなかった。」
「っ…く…っ…ひぐ…っ」
私は、ただ蓮さんの腕の中で泣いていた。
そんな私を、蓮さんは優しく包み込んでくれた。
あぁ、ずっとここにいたいな…蓮さんの腕に包まれていたいな…
なんて、
…どうして思ったのだろう。