珍しく司も休みの休日の朝、

莉子と麻里子は2人割烹着を着て、台所で何やら料理を始めていた。

前日、莉子は司に日頃のお礼がしたいと、何か好きな物を作って食べてもらおうと思い付いた。

そこで麻里子に相談すると、司は肉じゃがだったりカレーだったり、じゃがいも料理を好んで食べると聞く。

そして今、麻里子は花嫁修行の為、莉子は司の為にと腕を振るう。

料理番の女中頭はそんな2人をハラハラしながら、後ろで見守っている。

今朝の献立は、じゃがいもの味噌汁に、肉じゃが、焼き鮭、だし巻き卵、ほうれん草のお浸しに決まった。

莉子は最初に湯を沸かし、お米を研ぎ手際良く料理を進めていく。

一方麻里子は、水が冷たいとキャーキャー言って、今度は火が熱いとフーフーして、あっちにこっちにと騒がしくしている。

何も知らない司は、毎日の日課である竹刀を振りに道場で鍛練を重ねていた。

「絶対、お兄様を驚かせてみせましょ。」
普段から冷静な兄を何とかしてやりたいと麻里子は企んでいる。

「そこまで…味に自信は無いのですが…。」
莉子は控えめにそう言う。

「味はそこまで重要じゃないのよ。誰が作ったのかが大切なの。」

麻里子の思惑は他にもまだある。

最近食欲が出て来た母が、食卓に出向いて家族と一緒に食べてもらう事。

「お義母様にも沢山召し上がって貰いたいから、出来るだけ柔らかく煮込んだ方が良いかもしれません。」

莉子がジュガイモの皮を剥きながら言う。

「ねぇ、ほうれん草ってどのくらい湯でるの?」
料理に不慣れな麻里子はさっきから、ウロウロキョロキョロ落ち着きが無い。

「もうそろそろ上げても大丈夫です。お湯から出して、水にさらして頂けますか?」
莉子の指示で、麻里子は恐る恐るお湯を洗面に開ける。

「キャー!!湯気で真っ白。」

「麻里子さん、さらすお水を用意しないと…。」

お味噌を溶かしていた莉子は手を止め、冷たい水を用意する為水瓶を覗く。

あっ…まだ、水が入ってない…。
莉子は慌ててバケツを持って外の水汲み場に走る。

外は昨夜からの雪で真っ白になっていた。

莉子はパタパタと渡り廊下を小走りで走り水汲み場を目指す。

「キャッ!!」
雪解けが凍った水溜りに足をとらわれ莉子が転びそうになる。

ちょうどそこに、水汲み場で呑気に歯を磨いていた男が1人駆け寄り、何とか尻餅を付く前に抱き止める。

「莉子ちゃん!大丈夫⁉︎」
連日帰りが遅い学がゆっくりと朝を迎えたところだった。まだ、寝巻きの浴衣に半纏姿だ。

「も、も、申し訳けありません!」
学に抱き起こされて、距離の近さに驚き怯え、バクバクと脈が早鐘の様に打つ。

慌てて離れようとするのに、足元がおぼつかずツルツルと滑ってしまい、なかなか立てなくてもっと焦ってしまう。

「大丈夫だから、落ち着いて…。」

学が見兼ねて抱き上げようかと思ったところ、突然横から腕が伸びて、フワッと莉子を持ち上げる。

「何やってるんだ…。」
眉間に皺を寄せ不機嫌全開な男が学を睨む。

「兄さん…。」

「ご、ごめんなさい…私が、滑ってしまって…。」

慌てて謝り司を見るが、抱き上げられたままでは距離が近過ぎて、ドキドキが止まらない。

「莉子は朝早くから何やってるんだ?また、女中の真似を…。」

「あっ、いえ、違うんです。
あの…花嫁修行を…。」

「花嫁、修行?」

「あっ、あの、麻里子さんの花嫁修行のお手伝いを。」

「ああ、…こんなに早くから?」
怪訝な顔の司はそれでも、なかなか下ろしてくれない。

「莉子さーん、早く水持って来てー!!」
台所から顔を出した麻里子が大きな声で呼ぶ。

「分かった。俺が持ってってやるよ…。」
ここから早く退散したい学が、転がったバケツを拾い水を汲んで台所へと代わりに運んでくれた。

「あ、あの…下ろして、ください…。」

莉子は懇願の目で司を見つめ、やっと仕方が無いな…と、濡れていない場所にそっと下ろされた。