とりあえず、何よりも先に莉子との事を硬めなければならないと、気持ちを切り替え東雲家の門を叩く。

突然の訪問だ。
門前払いを食うかもしれない。
ここで引き下がる訳にはいかないと、気合いを入れる。

洋館の大きな門をくぐり玄関の呼び鈴を押す。

鈴木も心配し、玄関先まで着いて来た。

「ごめんください。」
鈴木が痺れを切らせて声を出す。
すると中から急いそと、若い女中が顔を出す。

「夜分恐れ入ります。長谷川商事の長谷川司と申します。森山莉子殿の件でご当主様にお会いしたい義があります。」

司が良く通る低い声で言う。

「少々お待ち下さいませ。」
と、司は玄関横の六畳ほどの応接間に通される。

鈴木は玄関で待ちますと、女中に手土産を渡し足を止める。

しばらく出されたお茶を眺め待っていると、

「大変お待たせ致しました。奥の間におりますのでご案内致します。」
と、執事のような初老の男の後に続く。

廊下には赤い絨毯が敷かれ、高級そうな花瓶や壺が所狭しと置かれていた。

背の高い両開きの重そうなドアの前まで来て足を止める。執事がギーッと音と共に大きなドアを開き、中まで司を導き入れる。

「初めまして、私が東雲家の当主 東雲伸一郎です。
噂に聞く長谷川商会のご子息が、今夜はどのような用ですかな。」

白髭を顎に蓄えた大柄の男が1人用のソファに座り、こちらを警戒して見据えている。

司はあえてにこやかに、そして堂々と話し出す。

「急な訪問に、快く招き入れて頂きありがとうございます。私は、長谷川商会の常務をしております、長谷川司と申します。」

司は素早く名刺を出して、白髭の男に差し出す。

「で、用件は何ですか?」
怪訝な顔で、名刺と司を交互に見ながら問いかけられる。

「実は今、森山莉子様を訳あって、我が家で預かっております。」

そういえば、ここ最近莉子の顔を見てないなと、伸一郎は今、この瞬間に気付く。

司は今までの経緯をかいつまんで説明する。
一緒に住んでいるのにも関わらず1週間以上も莉子が居ない事に気付かない。

そんな男が養父だとは…内心呆れながら、莉子の今までの待遇を憐れみ、怒りが込み上げる。

「うちの紀香がお宅のお嬢さんに申し訳け無い事をした。しかし、示談で済ますところを裁判まで持ち込まれ、うちは信用を下げて取引先を失い、少しばかり痛手を被った。
それで、お手打ちで願いたかったのですが…。」

何がお手打ちだ。
自分の娘の傍若無人な態度も改めず、自分が被害者だとばかりに話すこの太々しさ…。

もう、こういう連中は話した所で通じはしない。
適当にあしらってサッサと帰ろうと、苛立つ心をひた隠し司は冷静を装い話し出す。

「今回はその事とは別に、ご養子の莉子様を是非、私に頂きたく挨拶に伺った次第です。」

「別に構わんよ。
…うちにいたとて女中のような存在だ。
莉子はそろそろどこかの貴族と結婚でもさせようと思っていたが、このさえ、それなりの商人だって仕方ないな。清貴が帰って来る前にさっさと婚姻届を出してくれたらいい。」

商人の身分を見下される事には慣れている。
それよりも苛立つのは、この男の莉子への扱い方だ。
司はどうにか拳を握り締め、怒りを抑える事に徹する。

穏便に済ませると莉子と約束したからには、ここでキレたら俺の負けだ。と、司は自分自身に言い聞かせる。

「つかぬ事を伺いますが、清貴殿とは?」
 
聞き覚えの無い名に引っかかりを覚え、聞き返す。

「我が家の長男だ。
アイツがどうしても莉子が欲しいと言うから、引き取ったに過ぎない。手のかかる麻里子の遊び相手にもなったし、まぁ、今はもう必要のない女子だ。」

その男はもしかして…莉子に執着しているのか?と司の不安がふつふつと膨らみ始める。

しかしその事には触れず、

「分かりました。
つきましては、結納金でございますが、莉子殿はご令嬢の身分の為、相当分を結納する用意がありましたが、貴方方は莉子殿に愛情の一欠片も与えてはいなかったようだ。

この金は、彼女の支度金で使わせて頂いても構いませんね。」

司は淡々とそう伝え、持ってきた結納金200円を風呂敷に丁寧に包み直し鞄に納める。

「いや…待て、それなりの価値がある女子だ。
器量も良いし、学もそこそこある。ただでは渡せん。」

先程までの伸一郎の威厳がなりを潜め始める。

家の内情はもしかして、あまり良くないのかも知れない。