身なりを整え、顔を洗いにと水流し場に足を運ぶ。

そこは母屋と道場と呼ばれる武道の稽古をする場所を繋げた渡り廊下にあり、井戸からポンプで汲み上げた水が流れている。

莉子が冷たい水で顔を洗っていると、道場の方から竹刀のしなる音が聞こえてくる。

こんなに朝早くから誰だろう?
少しの好奇心から、こっそりそちらに足を向ける。

障子の隙間から灯りが漏れている。

莉子はその隙間からそっと中を覗き込む。

道場の薄暗い灯りの中で、しきりに竹刀を振り下ろす音だけが響く。

こんなに寒い朝に、上半身を露出して一心不乱に竹刀を振っている司の姿が浮かびあがる。

鍛え上げられたその身体からは湯気があがるほどで、神々しく美しくも見え、莉子はその場を動けずただただ見つめる事しか出来なかった。

懐かしいと思うのは、兄である正利が学生時分よく竹刀を振るっていたから。

兄も朝から鍛錬をしていた。
あの頃の記憶が甦る。

そして…莉子は懐に入れていた1通の封筒を出し、その灯りが漏れる隙間からそっと中に置き、その場を後にする。

いつになくドキドキと高鳴っている胸を押さえながら、足速に息を切らしながら部屋に戻る。