そして…

「あと、この着物洗いに出しておいてくれないか。
これがあると、彼女は直ぐにでもこの家から出て行ってしまいそうだ。これでは償いも何も出来なくなってしまう…。」
困ったように彼が言うから、それには女中もクスクスと笑い、

「分かりました。司様らしくて安心しました。
お怪我が治るまで、是が非でもこちらにいて頂かなくてはいけませんね。千代にお任せ下さい。」

「…頼む。」
やっと立ち上がり、部屋を出て行くような気配を感じてホッとする。

なのに何故か立ち去る足音が聞こえて来ない…

息を潜めて懸命に寝たふりを続ける。

「彼女の額の傷…跡が残ってしまわないだろうか。医者が来たらその事も詳しく聞いておいてくれ。
何か手があればなんだってしてやりたい…。」

そう呟く声を聞き、思わずドキンと胸が高鳴る。
何故そこまで?
身代わりに過ぎない私なんかを気にかけてくれるのだろうか…。

彼からしてみれば意図せずに起きた事だから、避けられなかった筈だ。そこまで責任を負う必要なんて無いのに。

「朝食の準備は出来ていますよ。麻里子様も今朝は早く起きていらっしゃいます。」

その名前を聞いて、今度はチクリと心が痛む。

紀香お嬢様が怪我をさせてしまった方…頭を下げてお詫びをしなくては…麻里子様にお会い出来るまではここを去れない。

私はそう思い息を呑む。

「麻里子も彼女の事を気にしていたから話しておくよ。」

「はい。」

そして…やっと去って行く音を聞く。

部屋に残ったのは千代と言う女中と私だけ…。

着物は持って行かないで欲しいと、目を開けるべきかしら…でも、そしたら寝たふりしていたのがバレてしまう。

どうしようかと躊躇してると、相手の動きの方が一足早くて、着物を持っていなくなってしまった。

ああ、どうしよう…
あの着物が無いと帰れない。

東雲家には帰るつもりもないけれど、あの着物だけは紀香お嬢様に返さなければと、律儀に思ってしまう自分がいる。