「莉子、いるか?」
呼び鈴を鳴らしつつ声を張る。

この時間帯は義妹の亜子も通いで来ているはずだ。

ここに来る前に呉服屋に寄り、今日中に2人の採寸をするようお願いして来た。本人達にもその事を伝えなければと短い移動時間の間に寄ったのだ。

「どちら、様ですか?」
しばらくすると、訪問者を警戒したような莉子の声がする。

「莉子、俺だ。」

「司さん…?今、開けます。」

ガチャリと大きな音がして、重厚な作りの玄関扉が重々しく開く。

俺も外側から開けるのを手伝う。

帰宅時以外は裏の勝手口に回る事が多いのだが、今は時間が無いから仕方ない。

「すまない、裏に回る時間もないんだ。要件だけ話す。」
俺は少しばかり開いた扉の隙間から、玄関内に入り込みそう告げる。

「はい…どうされたんですか?」
怪訝ナ顔で莉子は俺を見上げ、聞いてくる。

「実は今日の会食で、正利君も同席していたんだが、イギリスの貴族の方をお招きしたんだ。そうしたら、君の父上と交流があった事を知った。
そこで彼等が莉子と亜子殿にも会いたいと言われて、来月行われる晩餐会に誘われたんだ。
急で悪いが一緒に行ってくれるだろうか?」

「晩餐会…ですか?
行った事が無いので不安ですが…お仕事上大切なお客様なのですよね?
こんな私でも、少しでもお役に立てればと…思います。」

「着いて来てくれるか?」

「はい、もちろんです…。」

不安気な視線ではあるが、莉子が俺を見上げて微笑みをくれる。ホッと肩を撫で下ろしながら、頭を優しく撫ぜる。

「とりあえず、急ぎで2人のドレスを紀伊國屋の支店にお願いした。この後、3時には来るから対応してくれ。」

「はい。わざわざそれを伝えに来てくれたのですか?ありがとうございます。」

「いや、急な事だから、ちゃんと顔を見て話しておきたかったんだ。何か不安があるなら聞く。」

莉子は少し戸惑いながら、

「あの…私達、貴族の出でありながら…学校は小学校止まりです…。作法もそれなりしか出来ませんし、ダンスも踊れません…。
それに…没落した家の出ですし…司さんの足を引っ張りはしないかと、心配なのですが…。」

「そんな事を言ったら俺だってただの商人だ。
きっと貴族側から見たら、成金のイケすかない奴でしかない。その事で君らを傷つける奴がいたら、俺が助けに入るから大丈夫だ。」

安心させるよう、心配そうな莉子の頬をそっと撫ぜる。

「そうだな。ダンスは必ずしも踊らなくても良いんだが、良い機会だし少し習っておいて損はない。良いダンスの先生を探してみよう。」

「ありがとうございます。」
少しばかりホッとした様だ。

「俺も始めは断ろうと思っていたんだが、未だ根強く残る身分制度を彼らは良しとしない。
俺達が一石を投じ、変えていかなければならないと、その方に背中を押されたんだ。一緒に戦ってくれるか?」

「はい…少しでもお力になればと思います。」

「ありがとう。俺も全力で守るから心配するな。」
束の間そっと莉子を抱きしめ、俺自身も充電される。

外からバタバタと駆けてくる足跡を聞き、離れ難い気持ちを無理矢理振り払い莉子から距離をおく。

「支店長、そろそろ急ぎませんと…次の予定に差し支えます。」
運転手の慌てた声が玄関ドアの向こうから聞こえてくる。

「分かった…。じゃあ、詳しくは今夜な。」
俺は後ろ髪を引かれる思いを感じながら、家を後にした。