冷たい風が吹き荒れると、すかさず盾になってくれる司さんの背に隠れ、私は幸せを噛み締めていた。

この人とずっと一緒に居たい。離れなくない。

一緒に居ればいるほど思いは膨らみ、溢れ出し胸が苦しいくらいだ。

こんなに寒く凍えそうな世界の中で、2人きりになったとしても平気なくらい、ずっとこうして歩いていたいと思ってしまう。


家に到着した頃には2人の頭には真っ白な雪が降り積もっていた。

「遭難するかと思うくらいの吹雪だったな。」
笑いながら司さんが私の頭に、降り積もった雪を払い落としてくれる。

司さんの方が真っ白なのに、と思う私は精一杯背伸びをするが、背が高い彼の頭に手が届かなくて、もどかしく思いながらとりあえず肩の雪をパッパッと払ってみる。

彼はそんな私を軽く笑い、無造作に頭を振るい自分の頭の雪を払い落とす。

「早く身体を温めないと風邪を引く。」
司さんは自分の事よりも私の事ばかり心配してくれる。

胸がぎゅっと痛くなる。

「…どうした⁉︎」
頬に触れられてハッと気付く。

知らないうちにポロポロと涙が溢れて頬を伝っていた。

「ごめんなさい…大丈夫です。」
慌てて涙を手で拭うのに止めどなく涙が溢れ出る。

ふいに両頬を大きな手で包まれたかと思うと、ぐいっと突然抱き締められる。

「怖い思いさせて申し訳なかった…俺の判断ミスだ。今日は外に出るべきではなかった。」
司さんが謝る事なんて何も無い。

だけど言葉が見つからず、私は必死になって首を横に振る。
「あの…この涙は…怖かった、訳ではなくて…凄く幸せだなって、思ったんです…嬉しくて…。」
言葉を上手く繋げられず、支離滅裂だけど…伝わって欲しいと、心で願う。

「莉子は、嬉しくても泣くのか?」

「司さんの気遣いが…嬉しくて…いつも、私を守ってくれるから…それが嬉しいのです。」

「…そんな事、当たり前だろ。」
司さんにフワッと横抱きにされ居間のソファまで運ばれる。

吹雪のせいか電気が付かない。真っ暗な部屋の中、
暖炉に薪を焚べてくれて、その暖かさにホッとする。

だけどコートも髪も溶け出した雪で濡れてしまい、手縫いでも拭ききないほどだ。手足はかじかんでジンジンと痺れるくらい感覚も無い。

「濡れた服を早く脱げ。」

そう言う司さんは既に半裸状態で、鍛え上げた上半身が暖炉の火に照らされて、彫刻のように綺麗に浮き上がる。

ドキンドキンと高鳴る胸を押さえながら、目のやり場が無く戸惑ってしまう。

「脱がすぞ。」
モタモタしている私をもどかしく思ったのか、司さんが私の帯に手を回す。

「だ、大丈夫です…自分で、で、出来ますから…。」

慌てて自分でやろうと結び目を解こうとするのに、かじかんだ手では上手く力が入らず、飾り紐さえも解けない。

見かねた彼が帯と紐を解いてくれる。

着物を3枚重ね着していたから、長襦袢までは濡れて
いなかったけれど…下着姿を見せるのはさすがに恥ずかしいと躊躇していると、

手早く毛布を持って来て私を包んでくれる。

「少し、ここで待っていろ。」
自分は半裸姿のまま、彼はどこかに行ってしまう。

急に独りぼっちになったように怖くなって、彼が戻って来るまで、暖炉の前でしゃがみ込み膝を抱えて震えていた。

彼は洗濯に使う大きなタライを持って来て、暖炉で程よく温まったやかんのお湯をタライに注ぐ。
側に椅子を1脚運んで来たかと思うと、そこに私を座らせて、
「足をこの中に入れて温めろ。」
と、言って来る。

長襦袢をまくり上げる事が恥ずかしくて、戸惑ってしまう。

「恥ずかしがるな、俺しかいない。」
それが恥ずかしいのに…と、私は目で抗議するのが精一杯だ。

「服を…服を来て下さい。司さんが風邪を引いてしまわれます。」

「…分かったから、早く足を温めろ。」
そう指示をして、また彼はどこかに行ってしまう。

私は仕方なく膝までたくし上げタライにそっと足を入れる。
ジンジンと痺れていた足が溶かされて行くように温かさが染みる。

シャツを1枚羽織って急いで戻って来た彼が、私の様子を見てホッとしてくれたのか、やっとシャツのボタンをゆっくり留め始める。

「…司さんも…入って下さい。」
座っていた椅子から立ち上がり彼に譲るのに、

「分かった。」
と言いながら椅子に座り、私を引き寄せその足の間に私を座らせる。

後ろから抱かれるような格好になって、あまりの近さに逃げたいのに、彼は何食わぬ顔で自分のズボンの丈をくくり足をタライに入れる。

おまけに片手でお腹辺りを抱きしめられて、逃げるに逃げられなくなってしまう。

「足を温めないと。まだ、氷のように冷たい。」
咎められるようにそう言われて、言われるがままに足をタライに戻すしかない。

彼の息づかいが分かるほどの近さに緊張して、身を固めていると、
「嫌か?」
と、問われる。

私は首を横に振る。

ポンポンと頭を撫ぜられ、少し緊張が溶ける。

「来年は、決して莉子の足に霜焼けなんて作らせないからな…。」
誰かに断言するように彼が呟く。

「赤切れなんか2度と作らせない。」
両手を握られて左の薬指の指輪に口付けしてくるから、また心臓が忙しなく跳ねてどうしようもない。

恐る恐る振り返り彼の顔を見上げると思いがけず笑顔で、不思議に思い瞬きをする。

「莉子が止めてくれないと調子にのるぞ。」

「止める…?」
意味がよく分からなくて首を傾げると、

「嫌なら嫌と…勝手に触れるなと、怒ればいい。」

私が?彼に怒る?
そんな事できるか訳が無い…。