甘美な果実

 篠塚は、俺との間にある仕切りカーテンを勝手に引くような真似はしなかった。その許可も、とってはこなかった。その行動が、俺がそうであることを、自分でそうであることを、確信しているかのようで。それが、今できる、篠塚なりの気遣いなのかもしれない。

 もどかしい。カーテンの向こう側にケーキがいるのに、喰えない。俺からその布を剥いで喰ってしまうと、俺に責任が降りかかってくる。篠塚のせいにして喰うことはできない。篠塚から俺に触れてこなければ、篠塚のせいにはできないのだ。俺からだと、悪いのは全て俺になる。篠塚に一切の非がなくなってしまう。

 篠塚のせいにして喰う、そのためにはどうすればいいのか、という不埒な思考に陥り、短い息が漏れた。何を、考えているのだろう。俺は。何を。喰うための行動なんて、起こすわけにはいかないのに。

 頭を抱えた。意思に反して外に出ようとする唾液を飲んだ。手の甲で口元を拭った。食欲は酷くなるばかりだった。篠塚。篠塚。見えている彼の影を凝視し、舌先で唇をちろりと舐めた。篠塚。篠塚。腹が減った。篠塚を喰いたい。篠塚のせいだ。俺が食欲に苦しむ羽目になっているのは。篠塚のせいだ。篠塚。

 呼吸を乱れさせながら、皺の広がる布団に手をついて。徐に上体を起こした。震える。興奮で、震える。薄っぺらい仕切りが、あまりにも頼りない。いつ衝動に突き動かされても、いつ我慢の限界に達しても、いつ理性の糸が切れても、おかしくなかった。

 飢えた獣のような息を吐いて。枕元に置いてあるカバンに手を伸ばす。気休めでも、効果が薄くても、何でもいいから腹を満たさなければならない。間違いを起こしてはならない。殺人鬼に、なるわけにはいかない。