甘美な果実

 篠塚。篠塚。篠塚。篠塚はとても、とても、この上なく、極上に、美味いはずだ。俺が、全部、喰う。他のどのフォークにも、一家を殺害しているフォークにも、誰にも、あげたくない。篠塚は俺のものだ。俺のケーキだ。俺の食糧だ。喰っていいのは俺だけだ。俺だけ。

 思考が奪われていく。悪い方へ、悪い方へ、導かれていく。漏れる息と共に唾液が落ちそうになり、咄嗟に飲み込んだ。動悸がしている。底の知れない闇に飲み込まれてしまいそうで、それに対する強烈な不安が押し寄せている。

 喰いたくても、喰いたいと思っていても、その欲求を抑えようと必死だった。飢えた猛獣のように涎を垂らしそうになりながらも、篠塚を喰い殺すような真似だけは絶対にしたくないという気持ちが、俺の妄想を妄想のみでギリギリ済ますことができていた。

 その妄想が現実で起こってもおかしくないがために、篠塚の唾液を間接的に食してからというもの、常日頃から緊張感が抜けなかった。それが動悸となり、息切れとなり、俺に多大なストレスを与えている。毎日のように飴を舐めても、そんなものは気休めにしかならない。それで食欲が改善されるのなら、ここまで取り乱しそうになるはずがない。

 殺人鬼への不満も、被害者への同情も、何も湧いてこない無情な俺の耳に、篠塚を乱暴に食す妄想ばかりして涎を零しそうになってしまう俺の耳に、突如、人の声が濁流の如く流れ込んできた。遠くの方でずっと聞こえていた複数の声だ。ほとんど音にしか聞こえなかったそれが、俺の意識の隙間に入り込むや否や、処理しきれないほどの無数の言葉となって脳内に轟いた。クラスメートの、恐怖の裏返しのような愚痴が止まらない。俺の唾液も止まらない。