甘美な果実

 すっきりしないもやもやを、綺麗に流すように水を飲む。相変わらず味はしなかった。元々水に味と呼べるようなものはなかっただろうか。もうそれすらも忘れかけていた。

「瞬、悪いけど、フォーク取ってくんね?」

 店員が立ち去った後、紘に声をかけられ、フォークという単語に反応してしまいそうになりながらも、机の端の方に置かれていた食器の中からフォークを手に取り、紘に渡してやった。ありがとう、と受け取った紘は、それから、なぜか不思議そうな顔をして俺を見つめ始めた。

「……何?」

「なんかさっきからそわそわしてね? トイレ?」

 トイレなら我慢しないで行って来いよ。そわそわしているつもりはなかったが、紘からしたらそわそわしているらしい俺の挙動を、トイレを我慢していると読み取った彼に、トイレに行きたいわけじゃない、と早口に返す。じゃあ何だよ、急に何か気にし始めてんじゃん、落ち着きもなくなってんじゃん、と俺のことを見ていないようでしっかり見ている風な紘に意表を突かれ、言葉が出なくなる。

 喉を詰まらせる俺を意に介すことなく、紘はパンケーキにフォークを突き刺し、一口サイズに切り始めた。そして、今度は食べるために突き刺し、いただきます、と口に運んでいく。フォークでケーキ、否、パンケーキを食おうとしている。パンケーキが口内に取り込まれていく。

 切ったパンケーキを咀嚼し、美味そうに頬を緩める紘が何気なく放ったであろう言葉は、槍として俺に向かって飛んできて。それは鋭い指摘となった。何かを気にしているのも、どことなく落ち着かなくなっているのも、どちらも図星だった。

 俺の変化に目敏く気づく紘に、男のことを言うべきか否か悩んだ。紘といる時に見たことがあったとしたら、彼が何か覚えているかもしれない。男を目にした彼が、何か口にしてくれるかもしれない。