甘美な果実

 どこかで見たことがあるような人などその男に限った話ではないだろうに、なぜかなかなか目が離せず、決して気持ちのいいものではない緊張感に鼓動が高鳴り、口の中が乾いた。まだ俺が持っているどの記憶とも男は重なってなどいないのに、身体は男のことをしっかりと覚えているかのような、一方的な反応だった。

 唇を湿らせた。喉が渇いている。自分の前に置かれたグラスを掴み、水を流し込んだ。味は分からなかった。ただ、流し込んだ。篠塚なんか変なこと考えてるっしょ。あ、いや、考えてない、考えてないから。その反応はめちゃくちゃ考えてるな。考えてないって。上手くいけば間接キスできるかも、とか。おも、思ってない、全然、思ってないから。紘の悪い癖が出たような二人の会話が、俺の頭上を素通りしていった。

 水を飲み、一息吐いて、徐に男を見た。男は動かない。伏し目がちのまま、動かない。何をするでもなく、黙ってそこでじっとしている。机の下でスマホなどを弄っている様子もなかった。微動だにしない男はあまりにも不気味で、それは男の近くに人がほとんどいないことからも、俺一人の感覚ではないということが窺えた。そこに人が座っているというよりも、そこに物が置かれているような風貌は、まるで。

「お待たせ致しました」

 点から伸びた線が、もう一つの点に繋がりそうになった時、注文したスイーツを盆に載せて運んできてくれた店員の声によって、それは音もなく打ち切られた。紘と篠塚の掛け合いも中断される。

 一つ一つ商品名を言いながら丁寧にスイーツを机の上に置く店員に、ありがとうございますとお礼を口にする間も、俺は男のことが気になっていた。あの男を、俺はどこかで。