甘美な果実

「やっぱり全然味がしない」

 イチゴのイラストに目を向ける。飴が悪いのかと思ったが、どう考えても、いくら考えても、悪いのは俺の舌だ。俺の舌がバグっているのだ。

 中身のなくなった包装を握り締め、制服のポケットに押し込んだ。ほんの少しだけ、ストレスが蓄積された気がした。舐めると、舐めてみると、自分で選択したことなのに。自滅した。

 味覚のない世界は、文字通り、味気ない。生きるためには食から離れることなどできないのに、その食を、俺は楽しむことができない。

 こうなってしまった原因は何なのだろう。知り得たところで今更どうすることもできないが、何か理由があるのなら、その理由によっては心持ちも変わってくるはずだった。無論、良い方に変わればいいが、現段階では良いのか悪いのかすら分からない。

「瞬はさ、誰かに恋してんの? されてんの?」

「……こい?」

「恋だよ、恋。好きとか嫌いとかの恋」

 カラリ、と紘の口内にある飴が彼の歯に当たるような音が微かに聞こえた。吹いていた風はいつの間にか静かになっていて、ちょうど車も通っていなかったためか、その小さな音すら俺の耳は拾っていた。

 でも、その偶然は一瞬で、再び車が過ぎ去り、それによって生まれる風が髪を靡かせた。刹那的な静寂だった。それが意味するものは何なのか。意味なんてものはないのか。

 恋。紘はそう言った。聞き間違いではない。条件が揃った場合に限るが、それが原因で、味覚を失うという事例は確かにあった。保健の授業でもそれとなく教えられた。当時は縁のない話だろうと他人事のように聞いていたのに、まさか自分が当事者になってしまうだなんて。

 いや、まだ、恋のせいでそうなったと決まったわけではない。では、恋でなければ何なのかとまた振り出しに戻ってしまうが、俺は誰にも恋などしていないのだ。好きな人なんていない。俺のことを好いているという人もいるとは思えない。