甘美な果実

 確かに瞬は引くほど顔が良いけどさ、篠塚は顔ファンの女子とは違うだろ。本人の口から言われたわけじゃないから信じられないのかもしれないけど、俺はそう思う。まぁ、まとめると、篠塚が唯一、瞬の中身まで見た上で好意を抱いているんじゃねぇかな、っていう話だな。もしそれで篠塚がケーキなら、瞬がフォークになった理由としても納得できる。好意を抱かれた時期と、瞬が味覚を失った時期がちょうど重なれば。

 紘はそれまでのごちゃごちゃとした会話をまとめ上げ、最終的には、俺の背中を押すような、励ますような、そんな台詞を、うきうきとやけに楽しそうに表情を緩ませながら口にした。

「篠塚は良い子だよ」

「……だからって、俺も好きになるとかそういう話じゃないだろ」

「でも告られたら考えないと」

「悪いけど断る」

「……は? え? 断る? なんでだよ」

「分かるだろ。俺がフォークで、篠塚が……」

 ケーキだから、と告げようとした時、食欲を唆るような甘い香りがふわりと鼻腔を擽った。思わず口を閉じ、ごくりと唾を飲んでしまう。決してきつくはない、まるで残り香のようなそれは、篠塚から漂っているそれとよく似ていた。

 引き寄せられるように僅かに下がっていた視線を上げる。俺よりもまだ数センチほど背の高い長身の男が、俺の横を通り過ぎようとしているところだった。

 全身を重たく覆う黒い服。それに負けないくらいの黒い髪。見えない闇に吸い込まれそうなほどの黒い瞳。黒尽くしのその人は、前から歩いて来ていた人だった。

 この人からだ。この人から、微かに甘い匂いがする。ケーキ、なのだろうか。でもなんとなく、違う気もする。

 もう一度唾を飲み込み、バレないようにこっそり嗅覚を働かせていると、俺の視線を感じたのか、その黒い人がこちらを向いた。ばちりと目が合うや否や、なぜか息が止まりそうになった。