異変を察したのは俺だけではなく、リビングにいた父親もだった。扉の開く音。廊下を踏む音。母親の出す足音とは少し違う。玄関へ向かったはずの母親の声は、依然として聞こえない。インターホンを押した誰かの声も。
妙なことが起きている。得体の知れないものが迫っている。虫の知らせのようなそれに胸騒ぎがした。落ち着かない。ケーキの匂いすらも嗅覚を刺激して、落ち着かない。篠塚を想起させるような香りなのに、訪れた人は篠塚ではないのだろうか。それならば、誰。
何かがあったであろう玄関へ行くには、階段の前を通る必要があった。父親がそこを通り過ぎるのを目撃する。俺は未だ、山で言う中腹の辺りにいて。吐き気や飢えのせいで、ふらふらし、くらくらし、のろのろと下りることしかできなかった。
父親の後を追うように、やっとの思いで一階に下り立ち、床を踏む。家の出入り口から漂うケーキの匂いは増していて、嫌な汗と一緒に唾液すら垂らしてしまいそうになりながら、俺は壁を伝って歩いた。その時、だった。普段は寡黙な父親の、荒々しい声が俺に向かって投げつけられたのは。
「瞬、来るな。こっちへ来るな。今すぐ警察を、警察を呼……」
鬼気迫る父親の声が、不自然に途切れた。直後に、どさ、と何かが床に倒れるような、落ちるような、不吉な音。それは先程聞こえた音と、あまりにも似通っていた。一体。そこで。何が。
父親の声が、しなくなった。一言も、一文字も、聞こえなくなった。父親の声が。声。言葉。危機を、伝えるような、言葉。来るな。こっちへ。来るな。今すぐ。警察。警察。警察を。呼。警察を。警察を。呼べ。警察。呼べ。警察。警察。呼べ。
何が起こっているのか理解できない。理解が追いつかない。身体が固まってしまったように動かない。動けない。地に足が張り付いてしまったように進まない。進めない。心拍数が上がっている。自分の呼吸が喧しく耳に響いている。来るなと、警察を呼べと叫ぶほどのことが、玄関で。自分の家で。両親は。どうなって。訪問者は。誰。俺は。どうすれば。
妙なことが起きている。得体の知れないものが迫っている。虫の知らせのようなそれに胸騒ぎがした。落ち着かない。ケーキの匂いすらも嗅覚を刺激して、落ち着かない。篠塚を想起させるような香りなのに、訪れた人は篠塚ではないのだろうか。それならば、誰。
何かがあったであろう玄関へ行くには、階段の前を通る必要があった。父親がそこを通り過ぎるのを目撃する。俺は未だ、山で言う中腹の辺りにいて。吐き気や飢えのせいで、ふらふらし、くらくらし、のろのろと下りることしかできなかった。
父親の後を追うように、やっとの思いで一階に下り立ち、床を踏む。家の出入り口から漂うケーキの匂いは増していて、嫌な汗と一緒に唾液すら垂らしてしまいそうになりながら、俺は壁を伝って歩いた。その時、だった。普段は寡黙な父親の、荒々しい声が俺に向かって投げつけられたのは。
「瞬、来るな。こっちへ来るな。今すぐ警察を、警察を呼……」
鬼気迫る父親の声が、不自然に途切れた。直後に、どさ、と何かが床に倒れるような、落ちるような、不吉な音。それは先程聞こえた音と、あまりにも似通っていた。一体。そこで。何が。
父親の声が、しなくなった。一言も、一文字も、聞こえなくなった。父親の声が。声。言葉。危機を、伝えるような、言葉。来るな。こっちへ。来るな。今すぐ。警察。警察。警察を。呼。警察を。警察を。呼べ。警察。呼べ。警察。警察。呼べ。
何が起こっているのか理解できない。理解が追いつかない。身体が固まってしまったように動かない。動けない。地に足が張り付いてしまったように進まない。進めない。心拍数が上がっている。自分の呼吸が喧しく耳に響いている。来るなと、警察を呼べと叫ぶほどのことが、玄関で。自分の家で。両親は。どうなって。訪問者は。誰。俺は。どうすれば。



