「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

(しゅん)の味覚ってさ、生きてんの?」

 生暖かくも柔らかい風が通り過ぎた。春の陽気を感じる風だった。それは花粉を運んでいる恐れもあるが、別にアレルギーでもない俺にはこれといった害はない。隣を歩く(ひろ)も同様だ。

 学校が終わった放課後の帰り道、いつしか紘の右側、今で言えば車道側に落ち着くようになった俺は、ミカク、イキテンノ、と口の中で紘の問いを機械的に呟いた。ミカクは味覚で、イキテンノは生きてんの。味覚、生きてんの。

「死んでんの?」

 紘が付け足した。聞き方を変えてきた。シンデンノ。また俺は口内で呟いた。機械のスイッチを押された。シンデンノは死んでんの。味覚、死んでんの。

 生きているか死んでいるかはともかく、確実にバグは起きている。つまりそれは、死んでいるということだろうか。突っ込まれたら言い返せない。

 なんとなく紘は、気づいているんじゃないかと思っていた。一緒にいる時間は他の人と比べて長いし、昼食も大体一緒に摂っている。俺の味覚が生きているのか死んでいるのか、注意深く観察すれば察しはつくだろう。俺は隠していたつもりでも、自然と顔に出てしまっていたのかもしれない。

 死んでいる、と口に出して認めてしまうのはどこか憚られたが、気づいているような紘に対していつまでも口無しでいるのも往生際が悪い。

 俺は重くならないように軽い口調で、既にバレているであろう秘密を明かすことにした。紘のことを信頼した上での発言でもあった。

「死んでる。めちゃくちゃ死んでる」

「めちゃくちゃ」

 味覚の死を認めた俺の言葉から、然して重要でもなさそうな、めちゃくちゃ、を選んだ紘は、めちゃくちゃ、となぜかおかしそうに繰り返す。