「もういいよっ、もういい!」

「は、何がいいんだよ」

「もういい!彗くんなんて知らない!」

「おい待てよ」

グッと私の腕を掴んだ。力強くて簡単には振りほどけない。

「離してよ!」

「どこ行くんだよ」

「もう帰るの!」

「紫衣!」

名前を呼ばれて悲しくなるなんてあるんだなって、涙が頬を伝う。

「だって彗くんは私のことなんか好きじゃ…っ」


その瞬間視界が真っ暗になった。

涙で滲んだ瞳では上手く見えなかった。



だけど、唇に触れた感触だけはわかったから。



「……っ」

強引に押し付けられた唇からほのかに感じるスーッとした爽快感、これはきっと苦手なガムの香り。

私の体の中へ入っていく。


―ドンッ


「痛っ」


声にならない思いをぶつけるようにぎゅぅっと握った手で思いっきり彗くんの胸の辺りを叩いた。

「なにすん…っ」

「最悪…」

「は?」

「彗くんなんて大嫌い!!」

走り出した、もう二度と彗くんの方なんか見ないと決めて逃げるように走った。 

食べかけのクレープはぐちゃぐちゃだった、だけどそれ以上に自分の顔の方がひどかった。


涙が止まらない。


胸が痛い。


悲しくて気持ちが抑えられない。



ずっと夢見てたのに、いつか彗くんとそんな関係になりたいって思ってたのに。



私の夢見てたことってこれだったのかな?


こんなにもしんどいものなの?



初めてだったのに、初めてのキスだったのに…