パフォーマンスが終わり、私たちは興奮状態のまま控え室に戻った。

「ルナ様も『フルーティーズ』もリアルタイム検索トップですよ。ていうか、機材トラブルって蜜柑の仕業ですかね? 結局、ルナ様と比べられて自分のピアノがド素人なこと晒しただけって恥ずかし!」
 桃香が言った言葉を苺が制した。

「蜜柑は上に行きたいだけで、人の足引っ張るようなことは絶対しない!」

 私は苺の言葉に同意するように頷いた。
 蜜柑さんはルナさんのピアノに感激して、涙を浮かべながら立ち上がって拍手をしていた。

 そして、新しいパフォーマンスをし始めた『フルーティーズ』のことも気になるようで、ずっと3人娘をチラチラと覗き見ていた。

 揉めて『フルーティーズ』を抜けたと聞いていた蜜柑さんだが、3人娘を見る表情からは嫌な感じは全くなく見守ってる感じさえした。

 ネットの反応を見る限り、ルナさんの稀有な才能と今までと違う本格曲芸風パフォーマンスに注目が集まっていてホッとした。
(中学生の中に三十路女が混じっていると噂になったらどうしようかと思ったけど、今回はセーフだ!)

「お疲れ様! 盛り上がっているところ悪いけれど、もう、未成年の3人娘は帰って寝る時間よー」

 控え室に顔を出した友永社長が3人娘を連れて行った。

 一息つくと、すぐに扉が空いて渋谷さんとルナさんが現れた。

「梨田さん、今日も素敵でした。送りますよ」
「渋谷さん、ありがとうございます。ルナさん、今日は突然のハプニングなのに演奏を申し出て頂き助かりました。」

 最近は渋谷さんの顔を見ると最近ホッとするようになっている。

 妊娠中のルナさんに付き添っている他に、彼と偶然に出くわすことがこの1ヶ月毎日のようにあった。

 買い物をして重い荷物を持っている時に現れて車に乗せてくれたり、疲れた時に出会して送ってくれたりした。
 私はその偶然の出会いの連続に彼に運命的なものを感じ始めていた。
 その恋心の芽生えのようなものにより、忘れるのに7年はかかると思っていた雅紀への思いも薄れてきていた。

 渋谷さん、私、ルナさんが後部座席に座ると、運転手が車を出発させた。
 ルナさんの家の方が近いので、ルナさんの家に先に寄って貰うことになった。

「ルナさん、体調の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ご心配して頂きありがとうございます。『フルーティーズ』のパフォーマンス本当に素敵でした。私の演奏が邪魔をしてしまったのではないかと心配です」

 ルナさんと関わっていると彼女の謙虚な発言は、謙虚というより自信のなさから来るものだと分かってくる。

 芸術家というものは自意識過剰なものかと思っていたが、彼女は真逆だ。
 演奏している時だけ歴史的な芸術家が憑依していると言われた方が納得できるレベルだ。

「私も『フルーティーズ』もルナさんに出会えた奇跡に感謝していますよ!」
 私は彼女を褒め称えたいが自己肯定感の低い彼女に言ってしまうとお世辞と片付けられてしまうので、伝わる精一杯の本音を言った。

「私も梨子さんや『フルーティーズ』に出会えて本当に嬉しいです。やはり女の子はいいですね。男のいない世界を求めていましたが、今日私のお腹の子が男の子と分かりました。この子だけは私が世界で唯一認め慈しみたい男の子です」
 ラララ製薬に突撃してきた狂犬のような彼女も、今、聖母のようにお腹を撫でる彼女も同一人物。

 一時は絶望し男のいない世界を求めていた彼女が、全てを慈しむような女に変わっている。
 私も雅紀のことで、あと7年は恋をしたくないと思っていたが渋谷さんに心を揺れ動かされ始めていた。

「4ヶ月で性別って分かるものなんですか?」
 純粋な疑問を尋ねると渋谷さんが良い声でこたえてきた。

「男のシンボルが見えたんでしょうね」

 私は彼の言葉に急に恥ずかしくなった。

「なんで、こんな若くて可愛い子の前でセクハラ発言ができるんですか?」
「セクハラではなくて事実です。確かに、梨田さんは若くて可愛いですね」
「違います。私が若くて可愛いと言ったのはルナさんのことです」

「すみません、梨子さん。邪魔者はここで降りるので、存分にこのあとイチャイチャしてくださいね。今日はありがとうございました。おやすみなさい」

 ルナさんの実家の前につき、ルナさんが送迎車を降りる。

「ルナさん、おやすみなさい。今日は本当にありがとうございました。助かりました」
私の言葉にルナさんがうっすらと微笑んだ。

 私は渋谷さんと2人きりになり、いつになく緊張していた。

「きらり」
 渋谷さんが急に私を名前で呼んできて驚いてしまった。
(いつも、苗字で呼んでくるのになんで?)
私が彼を怪訝な顔で見つめていると、彼は徐に口を開いた。

「みんな、梨子さんって呼ぶじゃないですか。でも、きらりって素敵な名前ですよね。僕はきらりが大好きです」
 そう言うと、彼が私の耳にピアスをつけてきた。

 バックミラーで見ると、誕生日の翌日にくれた花形のハイブランドのネックレスとお揃いの品だ。

 一瞬チラチラと私達を覗き見る運転手と目が合って、今、自分が女の顔をしているのではないかと恥ずかしくなった。

「あの、雄也さん。こんな高価なプレゼントもらっても困ります」
 私は自分が名前で呼ばれたので、渋谷さんのことも名前で呼び返してみた。
 すると雄也さんは嬉しそうに笑った。

「いらなかったら、また熊さんにつけてください」
 雄也さんはぬいぐるみにピアスが付けられないことを分かっていて言っている。

 彼は偶然出会しては荷物を持ってくれたり、家まで送ってくれたり、プレゼントまでくれる。
 私は尽くす恋愛に慣れてしまっているせいか、尽くされ続けるこの関係が居心地が悪い。