3人娘が真っ青になっている。
 私は大人なんだからしっかりしないといけないが、曲がないと動作と歌を合わせられる気がしない。

 アカペラでパフォーマンスなんてしたことがなく私は不安で堪らなくなった。

「曲は、私が弾きます。ピアノがあるじゃないですか!」
 観客席の最前列に座っていたルナさんが、立ち上がって大きな声を出す。
 隣に彼女に付き添うように来てくれた渋谷さんと目があった。
 今日は黒田蜜柑が演奏したので、ステージにピアノがあった。

「彼女、この曲を作曲した子なんです。お願いしても良いですか?」
 私が慌てていうと、多分裁量があるおじさんが頷いた。
 その頷きに応じて、カメラマンの1人ががピアノの近くに移動したのがみえた。

「ルナ様、生演奏するの? まじ、うちらおまけになるんじゃ⋯⋯」
 桃香が私に心配そうに言ってくるが、それは正しい判断だ。
 ルナさんが生演奏すると、誰もが彼女に注目してしまうことは分かりきっていた。
 彼女は演奏している時、何かが憑依しているように別人に変わる。

 よく誰かに届けるために演奏をするというが、ルナさんの演奏は孤高だった。
 誰も到達できないような、近づけないものを感じさせる演奏。
 きっと彼女が孤独な時間を何時間も過ごし、音楽に向き合っていただろうから出せる独特な雰囲気。

「負けないように、私たちも全力で行くよ!」
私の言葉に3人娘が頷いた。
 ピアノを前にして、既に自分の世界に入ってしまったようなルナさんがいる。
彼女が鍵盤に手を置いた瞬間にカメラが思わず彼女を向いたのがわかった。

 彼女を知るうちに、彼女は初対面の時に喚き散らしたのが嘘のように対人が苦手な子だと分かった。

 このような知らない人が多い場所で、彼女がの精神が不安定にならないかが心配だった。
(安定期って何ヶ月から? 5ヶ月からだった気がするけど、まだ4ヶ月のルナさんの体調が心配⋯⋯)

 私はルナさんの体調を心配しつつも、彼女の才能が日の目を見ることを夢見ていた。
 渋谷さんの話によると、妊娠しなければ彼女は今頃ウィーンに留学していたらしい。

 音楽を本格的にやりたいという純粋な彼女の意思を無視し、自分の目的の為に利用し近づき蹂躙したのが雅紀だ。
 雅紀がお金としか考えていなかっただろうルナさんは、本当は世界の宝ともいえる天才だ。

 彼女の才能は素人の私や、まだ幼い3人娘でも一瞬で分かるような暴力的な才能だった。

 ルナさんがピアノで前奏を弾き始めただけで、空気が一瞬にして変わる。

 ルナさんの創り出す空間に皆が取り込まれていくのが分かった。
 私と3人娘は思いっきり歌って踊った。