私は本当に子供だ。
 初めての彼氏に舞い上がり、周囲の意見も聞かず我儘で結婚を推し進めた。
 自分の妄想で梨田きらりの人生をめちゃくちゃにしようとした。

「頭を冷やすよ。でも、この子を失う時は私もきっと生きていられないと思う」
 私は母が動揺するのをわかってて、わざとそんなことを言った。
 自分の命を盾にしたら、母は何も言い返せないとわかっていた。
 母は震えながら泣き崩れた。

 やはり私は子供だ。
 自分の中で溜まった感情を抑えることができない。
 私は雅紀に無視されて、病院で震えながら自分の感情を抑えてた梨田きらりを思い出した。

 夜、雄也お兄ちゃんから電話があった。

 私は雅紀と離婚するようになったことと、梨田きらりの誕生日に彼女の会社でやらかしてしまったことを告白した。
 彼女が会社を追われなくて済むように誤解を解いてくれると、雄也お兄ちゃんは言ってくれた。

 私が彼女に直接謝りたいと言うと、それは自分が彼女に伝えておくとは言われた。

 実家に戻ってきた私は思いっきり防音室にこもってピアノを弾き続けた。
 ピアノを弾いている時間だけは、私は自分を表現できた。

 情熱的な曲を弾いている時は情熱的な女になれるような気がした。
(いつか私の作った曲をみんなに届けたい⋯⋯)

 ギリギリの成績で入学しただろう音大も休学しているのに、私はそんな夢を見ていた。

「梨田きらりさんが会社を辞めちゃったよ。やっぱり居づらくなってしまったんだろうな」
 翌日の晩に来た雄也お兄ちゃんの電話に私は息が詰まった。

「雄也お兄ちゃん! 私、やっぱりちゃんと梨田さんに謝りたいよ。このままだと私もどうにもならないの。私は自分の為にも謝りたい」
 私の言葉を雄也お兄ちゃんは受け入れてくれた。

♢♢♢

 夕方、実家に車で私を迎えにきた雄也お兄ちゃんは、「そろそろ梨田さんが家に帰る頃だ」と言った。

「何で、もうすぐ梨田さんが家に帰るって分かるの?」

「彼女を家に送った時、彼女のカバンの中にGPSを仕込んでおいたんだ」

 私は雄也お兄ちゃんの行動は、ストーカー行為で犯罪なのではないかと心配になった。
(でも、優秀なお兄ちゃんのやることだもん。正しいよね)

「梨田さんは昼間は芸能事務所にいるみたいだから、アイドルデビューするのかもな。楽しみだなー」

 続く彼の言葉に、私は驚いた。
 確かに病院の広場で歌って踊って「次は武道館で会おう」と言っていたが、あれはノリの良い人のジョークだと思っていた。

 アイドルって10代の子がやるイメージだけど、梨田さんはプロからスカウトされるくらいだから例外なのだろう。

「雄也お兄ちゃんは梨田さんが好きなの?」
「好きだよ。昨日、プロポーズもしてキスもした」
「えー!」

 私は彼の言葉に驚いてしまった。
 彼は14年の恋を失ったばかりの彼女を、恋の爆走列車に乗せようとしている。

 私はもう一生恋愛も結婚もしたくないと思っているけれど、梨田さんは切り替えられたのだろうか。

「梨田さんに、やめてくださいって拒否られちゃったよ」
 雄也お兄ちゃんの今までの恋愛事情については知らないが、女性から断られたことはなさそうだ。

 でも、私は自分と同じように梨田さんは恋愛なんてする気になってない気がした。
 一目惚れして一気に燃え上がっているお兄ちゃんと、彼女の間に温度差がありそうで2人とも可哀想だった。

 私と雄也お兄ちゃんが梨田さんのマンションの前で待つこと5分、彼女が現れた。

 彼女はとても気まずそうな顔をした後、私とお兄ちゃんを部屋の中まで案内してくれた。